第153話 幸せを教えてあげて

「いえ、あなたが誰の生まれ変わりであろうと関係なかったわね。あなたは、あなた。それ以外の者ではないわ」


 生まれ変わりと言われて驚いてしまったが、マルタの言うとおりだ。おれは、おれ。過去のショウ・シュフィールの人生を受け継ぐわけではない。


 ただ、技能は受け継いだかもしれない。それに、もしかしたら記憶も。


 おれが射出成形インジェクション装置を考案できたのは、前世の記憶が残っていたからかもしれない。


「ごめんなさい。あなたがあまりに似ていたから……。魔王のことで用事があるのでしょう? その話をしましょう」


 マルタが仕切り直してくれたので、おれも頭を切り替える。


「はい。お聞きしたいことがふたつあります」


 おれはアリシアの屋敷で見つけた手記をマルタに見せる。


「ひとつは、ここに書かれていたであろう魔王を封印した道具についてです」


「もうひとつは?」


「魔王の目的です。どうして侵略行為なんてするのか、わかりません」


「じゃあ、そちらから話しましょうか。昔の話だから、今とは目的が違うかもしれないけれど」


「お願いします」


 おれたちが頷くと、マルタは静かに息をついてから話し始めた。


「あの人は、認めて欲しいのだと思うわ」


「それは……誰かに褒められたいとか、称賛されたいという意味でしょうか?」


「ええ、そんなところね。ただ、誰でもいいわけじゃないわ。自分と同等の存在から認められたいのよ」


「魔王と同等の存在なんているのですか?」


「いないわ。今もきっといない。あの人は、ちょっと特殊なの」


「寿命のない古代エルフだからですか?」


「いいえ、種族がどうというより、彼女の性格かしら。よく人間みたい、なんて言われていたそうよ。知りたいこと、やってみたいことが山ほどあって、いつも忙しくしていたそうなの」


「そんなに特殊とは思えませんけれど」


「人間の寿命ではそうでしょうね。けれど長命な種族には、どうしても時間的な余裕が生まれてしまうの。急いでなにかを為す必要なんてない……と。だから長く生きた割に、成し遂げたことは寿命のずっと短い人間より少ないことも多いわ。一部、人間の感覚で生きている子もいるけれど」


 マルタはノエルを一瞥して、柔らかく笑む。


「だから古代エルフともなれば、本当にのんびりしているわ。まるで植物のような一生を送っていたみたい。でも、あの人にはそんな生活は退屈すぎたのね。知りたいことを学び、やりたいことを為して、魔法も、鍛冶も、あらゆる分野で誰も敵わない存在になっていったの」


 人間の一生は六十年前後だ。その期間で極められることは少ない。だが魔王は、人間が十回生まれ変わっても足りない期間を、己の研鑽に当て続けてきたのだという。


「それなら確かに、魔王と同等の存在なんているわけがないですね……」


「そう。だから質は諦めて、量を選んだの。世界全部でやっと自分と釣り合うから、世界中の国々をひれ伏させるのだそうよ」


「それは……成し遂げられたとしても、虚しさが残りそうですね」


「彼女も気づいているわ。でもきっと、他になにもなくなってしまったのよ。心を満たせるものが」


「……マルタさんは、ずいぶんとお詳しいですね。まるで会ったことがあるみたいだ」


「ええ、だって彼女とは一緒に暮らしていたもの。もうずっと昔。わたしが小さな頃よ」


 おれの隣でノエルが目をぱちくりさせる。


「知らなかった……。魔王って、シマリリス出身だったの」


「みんなで隠してくれたから。例の封印道具を作るのに協力する見返りに」


「そうしなかったら、ダークエルフの立場は失われたかもしれませんね。種族ごと悪者にされてたかもしれない……」


「でもね、彼女は侵略自体に意味を感じてないはずよ。彼女は、自分の力を世界に知らしめるのに、利用できる国へ行っただけ。侵略をするのはその国の意志。彼女はただ力を貸しただけ」


「じゃあ、魔王軍なんて名乗っているけれど、その実態はグラモルが魔王の名を隠れ蓑に侵略してるだけで、魔王が指揮しているわけじゃない?」


「昔と同じなら。あの時も、彼女は人間の国を焚き付けただけだったわ」


 アリシアが気難しげに口を開く。


「そうだとしても、力を貸せば侵略するとわかっていてそうしたのなら、擁護できることじゃない」


 ソフィアもどこか寂しげに頷く。


「はい。そんなことしなくても、世界中から認めてもらえる方法ならあるのに」


「おれもそう思うよ。少なくとも、ふたつ、彼女が満たされそうな方法がある」


 マルタは目を細めて、おれを見つめた。


「もしあるのなら、彼女に――アルミエスに伝えてあげて。幸せを教えてあげて」


 アルミエス。それが魔王の名前か……。


「もちろんそのつもりです。けれど、話を聞いてくれないかもしれない。そのときの備えも必要だと思っています」


「わかっているわ。封印道具のことね」


 マルタは立ち上がり、部屋の隅に積み重なっていた本を一冊手に取ろうとする。


 そのとき、外から騒ぎが聞こえてきた。


「敵襲! 敵襲だ! 戦える者は武器を取れぇ!」


 おれとアリシアは視線を交わし、立ち上がる。


「やっぱり彼女も、もう封印はされたくないのね。どうしてもこの本を消したいみたい」


 マルタの声を背中に受けつつ、おれとアリシアは迎撃に出た。





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