第144話 魔王の存在に心当たりはありませんか?

「しかし婚約発表まで、ずいぶん時間がかかったよね」


「立場的に色々あったからなぁ。まあ、一番の原因はレジーナなんだが」


「ようやく納得してくれたんだよね?」


「そうだとは思うが、まだ不服そうでな。養子にするって話は断られてる。傷心だから旅行するなんて書き置きして、どっか行っちまったよ」


「どうせまたこっちに来るんだろうね」


「すまねえが、またしばらく面倒を見てやってくれねえか」


「もちろんいいさ。いつも子供たちと遊んでくれて助かってるよ。エルウッドやラウラは元気かい?」


「ああ、相変わらずだ。仲が良いんだか悪いんだか、あれで付き合ってるっていうんだから面白いよ」


「ケンドレッドさんは?」


「たまに帰ってくるんだが、あっちこっち走り回ってる。例のモリアス鋼で走る車にかかりきりでな。もう歳だろうに、ずいぶん楽しそうだよ」


「そっか。みんな元気ならなによりだよ」


「ああ。それより、セシリーが話したいことがあるそうなんだ。考えすぎじゃねえかと思ってるんだが、あんまりにも不安そうなんでな。聞いてやって欲しい」


「わかった。では、聖女様?」


 通信魔導器の映像の中で、バーンは一歩下がり、代わりに聖女セシリーが中心に来る。


「……こんなことは初めてなのですが、神のお告げがありました」


「お告げ? それは、どのような?」


「魔王が、蘇る……と」


「魔王……。今じゃおとぎ話にしか出てこないような存在ですよ」


「ですがお告げでは……。どこか漠然としたイメージのようなものだったので解釈次第だとは思うのですが……私には、魔王復活を予示しているとしか思えないのです」


「それが仮に本当だったとしても、魔王相手じゃおれたちにできることは少ない。聖勇者同盟に伝えたほうがいいと思う」


「もちろん伝えていますが、今回ショウ様にお伝えするのには理由があるのです。イメージだけでなく、わずかですが神の声も聞こえたのです。魔王のことは、ショウ・シュフィールに聞け、と」


「おれに?」


「そして、魔王の野望を絶つのは、シュフィールの血を引く男子だとも……」


 どきり、と心臓が跳ねる。


 ハルトが、魔王をやっつける勇者になりたいなどと言っていた。まさか?


「ショウ様、魔王の存在に心当たりはありませんか?」


 あるわけがない。一応、しっかり自分の記憶を探ってみるが、結論は同じだ。


「申し訳ないけれど、本当に心当たりはないですよ」


「やはり、そうですか……」


 セシリーはうつむく。バーンがその肩を優しく叩く。


「ほら、な。きっとなにか悪い夢でも見たのさ」


「そうかもしれません。ただの杞憂なら、それに越したことはありません。魔王の復活だなんて……」


 おれは話を続けようとするが、先にノエルが声を上げた。


「ちょーっと、ごめーん! そろそろ魔力が、魔力が切れるぅ~! 映像付きは消耗がヤバイのぉ~!」


「ああ、ごめん。バーン、聖女様。そういうわけだから、そろそろ通信は切るよ。お告げのこと、伝えてくれてありがとう」


「おう、またな。お告げのことは、あまり気にしないでくれ」


「すみません。それでは、失礼いたします」


「うん。改めておめでとう、ふたりとも。結婚式には呼んでね」


 そこで通信は切れる。大きく息をついて、ノエルが机に突っ伏する。


「ふぃー、疲れたー……。けど魔王ねぇ、本当に復活するのかしら?」


「うーん、あんまり現実味がないね。なんにも知らないおれに、魔王について聞けって言われても困るし」


 ソフィアも、ゆっくりと頷いてくれる。


「ひとまず今は、バーンさんの言うとおり、気にしないでおきましょう。お告げのことは、なにか前兆があったときにでも、また考えばいいと思います」


「そうだね、そうしよう」


 こんなにも平和で、こんなにも幸せな日々なのだ。


 なにか悪いことが起こるなんて、どうしても想像できない。


 けれど。


 数週間後、ラウラからの緊急通信を受けて、あのお告げは一気に現実味を帯びることになる。


「バーンが、刺されたの! 合成生物キメラが突然現れて、モリアス鉱山が大変で!」


 映像がない。旧型の通信魔導器を使っているらしい。だが、その慌てぶりや声の調子で切迫感が伝わってくる。


 すぐ通信相手がラウラからエルウッドに変わる。


「すまない。ラウラは混乱してる。代わりにオレが伝える」


「わかった。エルウッド、なにがあったんだい?」


「モリアス鉱山が、大量の合成生物キメラに襲われたんだ。その討伐にロハンドール軍や勇者が動いて、バーンもそれに参加してたんだが……刺されたらしい」


「バーンは、無事なのかい?」


「ああ、聖女様の治療が間に合った。それは良いんだが、問題は刺されたことじゃない。刺されたか、だ」


「……まさか?」


「そうだ。使われたのは『技盗みの短剣スキルドレイン』だ。たぶん合成生物キメラを作ったやつだ。そいつが【クラフト】を奪っていったんだ」


「そいつは、いったい何者なんだ?」


「わからない。でも誰かが言ってたよ。魔王だ、って」


「魔王……」


「どちらにせよ、ヤバいことになりそうだ。なにせ敵は【クラフト】使いだ」





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