第139話 第2部 後日談① お望みの退屈な仕事を

 メイクリエ王国に帰国して、おれたちは家に戻る前に、セレスタン王と共に宮廷に入った。


 謁見の間で、王と向かい合う。


「此度のスートリアにおける働きは素晴らしいものである。我が娘サフランの救出だけではない。終戦のきっかけを作り、我が国の地位を高めたことは並々ならぬ英雄的所業だ。その功績に報いて褒美を取らそう」


「ありがとうございます」


「領地の拡大を……と言いたいところだが、それは困るといった顔だな?」


 言い当てられて、おれは苦笑する。


「よくお分かりになりましたね」


「うむ。まだ所領の管理に慣れておらぬのに、広げすぎても負担が大きかろう。あまり忙しくさせては、身重のソフィアに睨まれてしまうゆえな」


 セレスタン王は慈しみの視線をソフィアに向ける。ソフィアはそっと頭を下げる。


「お気遣いいただきありがとうございます」


「そこでべつの褒美を考えておいた。というより、相応しい褒美がこれくらいしか思いつかぬ。ショウ・シュフィールとその家族よ。王族になるつもりはないか」


「王族?」


 思わずサフラン王女に目を向ける。


 サフラン王女も驚いた様子で、セレスタン王に声を上げる。


「父上、その話はもう終わりましたわ。わたくしの縁談は、わたくし自身がもっと成長してからと考えております」


「早とちりするでない。サフランとの婚姻ではない。余との養子縁組を、と考えておる。ショウとその妻たち、さらに生まれてくる子も、みな王族として扱われるようになる」


「陛下が、おれの父になるということですか?」


「不服かね?」


「わたしたちの子は、陛下にとっての孫ということになるのですね?」


「うむ。血の繋がりはないが、余にとっては初孫となろう」


 セレスタン王の表情には、わずかに笑みが滲んできている。このままでは威厳が台無しだ。


「父上、それではショウ様たちだけでなく、父上にもご褒美になりませんこと?」


 セレスタン王は返事をせず、小さく咳払いした。滲んでいた笑みを抑え込み、威厳ある表情を復活させる。


「余の申し出を受け入れるか、ショウよ?」


「……陛下。その申し出、とてもありがたく思います。陛下のように寛容で、心根が優しく、なにより物作りに胸を踊らせてくれる方を父と呼べるなら、これ以上ない喜びです。王族になれることより、そちらのほうが嬉しいくらいです」


「では?」


「しかし、その、少々不安もあります」


「どのような不安だ? 申してみよ」


「ではお耳を拝借いたします」


 おれは周囲を軽く見渡してから、王に近づき、そっと耳打ちする。


「急激な出世すぎて、誰かに嫉妬で刺されないか不安です」


 するとセレスタン王は声を上げて笑った。


「ははははっ。確かにそれは不安であろう。すまぬ、お前たちの功績に応えようとするあまり、気がつかなかった。お前の言うとおり性急過ぎたかもしれぬ」


「せっかくのお申し出なのに、申し訳ありません」


「構わぬ。いずれ相応しい時が来るだろう。ならば、代わりにやはり領地をやるしかないな。いや心配はいらぬ。ごく小さい土地だ。余の虎の子だが、お前に授けるなら惜しくはない」


「どのような土地なのですか?」


「ニチネクというちょっとした村だ。湧き出る湯が非常に心地よい。仕事に疲れた体を癒やすには最適であろう」


「それは凄い。ありがとうございます!」


「ただし、このあとすぐに行こうなどと思うな。ベネディクトが上手く立ち回っていようが、さすがに不在が長引いた。そろそろ覚悟を決めて、溜まった仕事を片付けてもらわねばな」


 おれは苦笑いが漏れる。ソフィアも同じだ。


「はい、そうします……」


「なに、いずれ落ち着けばまた自由に物作りもできよう。そのための協力なら惜しまぬ。いつでも頼ってくるがよい」


 そうして宮廷を後にしたおれたちは、数カ月ぶりに自領の屋敷に戻る。


 家令のベネディクト氏は、怒っているかと思いきや、穏やかな笑みで迎えてくれた。


「みなさま、おかえりなさいませ。無事にご帰還いただけまして、なによりです」


「うん、ただいま。ありがとう、ベネディクトさん。今回の仕事は、こっちでベネディクトさんが色々と手配してくれたからこそ、上手くいったんだ」


「いいえ、それが私の仕事ですので」


「それでもありがとう。なにか欲しい物とかあったら遠慮なく言って欲しい」


「私の望みはショウ様に、溜まっている大量の書類にサインをいただくことと、同じく溜まっているお手紙のお返事を書いていただくことです」


 声は穏やかなのに、なぜだろう? ものすごく圧を感じる。


「ソフィア様も、職人ギルドからの問い合わせが溜まっております。身重ゆえご無理はいただけませんが、できる限りの対応をお願いいたします」


 ソフィアも思わず苦笑する。


「ベネディクトさん、せめて今日明日はお休みさせていただけませんか?」


「なぜでしょう? これは、おふたりの望みだったはず」


「え、望み?」


「私がご帰還を願ったとき、おふたりは仕事だからとお断りになられました。本当は住み慣れた家に帰って、いつもの退屈な仕事をしたいと心から願っている……などと仰いながら」


 あ、これはまずい。ベネディクトさん、根に持ってる。割と本気で怒ってる。


 ちらり、と一緒に帰ってきたアリシアとノエルに目を向ける。


「わ、私も領内の仕事が溜まっているはずだ。今日はこれで失礼する!」


「アリシア、アタシもそっち手伝う!」


「あっ、ひどい。逃げた!」


 追いかけたいが、ベネディクト氏に道を塞がれる。ばいばーい、と手を振るノエルたちを見送るしかない。


「さあ、お望みの退屈な仕事をご堪能ください」


 おれとソフィアは大きなため息をついて観念した。





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