第130話 己の罪を悔いるがいい

 落雷に打たれたリブリス教皇は、演台から転げ落ちる。


 おれは落下点へ急ぎ、その体を受け止めた。法衣の金属装飾の周囲が焼け焦げている。地面に寝かせると、遅れて聖女セシリーが駆けつけた。すぐに癒やしの力を発動させる。


 教皇をセシリーに任せ、おれは周囲の様子を窺う。他のみんなも、近くにいた人々の安否確認に走る。


 どうやら、驚いて腰を抜かしたり、落雷の爆風を受けて転倒した者はいるものの、落雷の余波による被害はほとんどないらしい。


 もしかしたら、人々が身に付けていた新素材製の雨具や雨靴のお陰かもしれない。


 あの新素材生地は、かつて盾製造に使った新素材と同じく絶縁体だ。それが人々を落雷電流から守ってくれたのかもしれない。


 しかしそうだとしても、こんなに近くで落雷があったにしては、異常なほど被害が少ない。


 神の御業と信じたくなるほどに。


 やがて教皇が意識を取り戻す。


「な、んという、ことだ……。神罰が、下った。この国は、神に……見捨てられてしまった……」


 おれはその発言に、にわかに怒りが湧き上がる。


「お前は……自分が国だとでも思っているのか」


 静かに強い口調で断言する。


「今のが神罰なら、お前個人への罰だ。よく見ろ、この場で雷の影響を受けたのはお前だけだ。神は、他の誰も傷つけなかった」


 ぎょろりとした目だけが動く。やがて力なく、まぶたが閉じられる。


「なぜ……人々を、正しく教え導いてきた私が……私だけが、なぜ罰せられるのか……」


「なにがだ。スートリアの教義の、最も基本的なことさえ忘れたくせに」


「私が、なにを忘れたと……?」


 治療を続けるセシリーが、諭すように口にする。


「汝殺すなかれ。汝盗むなかれ」


 教皇は小さく息を呑んだ。唇が震える。


「お前は、侵略戦争でそれらを犯した。それも自分の手を汚すのではなく、国と民の手を使っておこなった。お前には、その罰が下ったんだよ!」


「あ、ああ、あ……っ」


 教皇の瞳から涙がこぼれてくる。


「うあぁあああああぁあ!」


 叫びとともに教皇は、セシリーを押しのけて立ち上がる。


「神よ! あああ、神よ! お許しください神よ! すべてのおこないに私心はないのです! 民のため、この国のために考え抜き、あえて選んだ苦難の道なのです!」


 ふらふらと歩みながら天を仰ぎ、両手を掲げる。


「どうか神よ、ご理解ください! 私にはそうするしかなかったのです! 私以外の誰でも同じ選択をしたはずです! なぜ私が、なぜ私だけが罰を――」


 そのとき教皇の体がぐらついた。天を仰いでいたがために、つまづいてしまったのだ。


 受け身も取れずに勢いよく倒れ込む。


「大丈夫ですか」


 うつ伏せになって動かない教皇にセシリーが問う。治療を再開しようとその背中に触れるが、その瞬間、顔が青ざめる。


 そこに高僧やリックたちも駆けつける。


「教皇のご様子は?」


 セシリーは顔を伏せたまま首を横に振る。


「……たった今、天に召されました」


「なんということだ……」


「結局、この方はご自分しか見ていませんでした。神に対してさえ、自分は間違っていないと、罰は不当だと訴えていました。この方にとって、信仰とは一体なんだったのでしょうか……」


「自己満足や自己陶酔のためのものでしょうね。国を想う気持ちはあったかもしれない。けれど、自分の意のままになる国や民を想ってのことなら、それは結局、自分だけを想っていたのとなにも変わらない」


 教皇の法衣に相応しくない老人の遺体を見下ろしながら、おれはそう言った。


「神に選ばれたつもりで好き放題した結果、神に罰せられて死んだんだ……」


「そう思うと、最期にはとてつもない喪失感と苦痛に打ちのめされていたことでしょう。哀れと思う反面、私は……こんな風に思ってしまうのは、間違いなのかもしれませんが――」


「――ざまあみろ!」


 セシリーがなにか言いかけたとき、高僧が叫んでいた。


 リブリス教皇の側近ともいうべき、ずっと横についていた僧侶だ。


「聖女様や特使の方々が言うとおり、すべてはリブリス教皇の――いやリブリスの独善的なおこないが招いた人災でした! 天に召された今、ようやく我々も解放される! 我らもずっと歯がゆい思いでいたのです! 我が国は、これでやっと救われる!」


 その高僧が言い出すと、その取り巻きも次々に教皇へ悪態をつく。聖女セシリーや、おれたちメイクリエの特使に媚びるような発言をする者さえいる。


「さあ、最大の障害は排除されました! 戦争を終わらせ、共に平和を築きましょう!」


 それらに向けて、おれは冷ややかな目を向ける。


「ざまあみろ、か。その言葉は、鏡を見て言ったほうがいい」


「はい? ――ぁがっ!?」


 高僧が目を丸くした瞬間、その顔面を勇者リックが思い切り殴りつけていた。


「教皇の影に隠れて甘い汁を吸っていた輩が! よくもそんな戯言が言えたな! 恥を知れ!」


「そこまでにしとこう、リック。これ以上あなたの拳を汚すことはない」


 リックは怒りの形相のまま、震える拳を下げる。


 尻もちをついた高僧と、その取り巻きにおれは告げる。


「聖勇者同盟の過半数が同意したのは、教皇の罷免だけじゃない。その脇を固める腐った聖職者たちの排除も含まれる。お前たちは全員、スートリア教から破門されることになる」


「そ、そんな! それだけはご勘弁を! そんなことになったら、我々は生きていけない!」


 すがるように足元にひざまずく僧侶たちに、リックは怒りの声で吐き捨てる。


「知ったことか。己の罪を悔いるがいい」


 そのやりとりを見ていたセシリーは、どこか冷たい表情で小さく口を動かした。


 声は聞き取れなかったが、なんと言ったのかはわかる。


 彼女の本心であろうその言葉は、聖女らしからぬ「ざまあみろ」だった。





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