第2部 第6章 神罰の下るとき -平和-

第128話 あなたは死ぬべきだ

 メルサイン大神殿の会議室で、おれたちは初めてスートリア教のリブリス教皇と対面した。


 第一印象は、骨と皮だ。痩せ細った老いた体が、法衣を着て歩いている。


「リブリス教皇……あんなにも痩せ細って……」


 聖女セシリーが息を呑む。


 教皇の動きは高齢者らしく緩慢だが、ぎょろりとした目つきだけは生気を感じさせる。


 しゃがれた声で語り始める。


「せっかくの会談の日に、このような衰えた姿で現れたこと、まずは謝罪いたします」


「リブリス教皇、ご病気なのですか。そのようなお体で、よくこのような場に……」


 セシリーが労るように問いかける。


「いいえ。病ではありません。これは私が自ら課した苦行です」


「苦行?」


「我が国の存続のためとはいえ、戦争で民や勇者に苦しみを強いているのは明らかです。ゆえに私も共に苦しむべく、できる限り食事を絶っているのです」


 いかにも殊勝なことをしているのだとばかりの態度に、おれは呆れてしまう。仲間たちも怪訝そうな表情を浮かべる。


 神妙な顔でそれを認め頷くのは、教皇側の僧侶ばかりだ。彼らは肉付きが良く、たっぷり食事を取っていると見受けられるが。


「……ご冗談を、仰っているのですか?」


 ひとり。最も若い感性を持つサフラン王女だけは、声に怒りを滲ませて問いかける。


「冗談でこのようなおこないができるわけがありません」


「ならばそれは、為政者にあるまじきことですわ」


「命を下した者として、共に苦しむことがあるまじきことですか」


「民の望みは、この苦しみから解放されることです。為政者が、民と共に苦しんでなんになるというのです。苦しみを取り払うべく働くはずの者が、無意味に消耗するだけです! ただの自己満足に過ぎません!」


 サフラン王女の声は、感情と共に大きくなっていく。


「自己満足にしても、あまりに都合が良すぎます。民や勇者と同じ苦しみを共有するというのなら、あなたは飢えるだけでなく――」


 そこでサフラン王女は言い淀んでしまう。


 次の言葉が過激すぎて、感情的になっていたことに気づいたのだろう。


「私が飢えるだけでは足りないのならば、他になにが必要なのでしょう?」


 おれが代わって口を開く。


「同じ苦しみを共有したいなら、あなたは死ぬべきだ」


「なんと無礼な! 一国の長に死ねなどと――」


 教皇側の僧侶が立ち上がって声を張り上げる。


「なにが無礼だ! 苦しみを共有するなら当然だろう! 前線で戦うこの国の兵だけじゃない。ロハンドールの兵たちの命も、守護者が減ったがために魔物に食われた人々も、みんなあなた方に命を奪われたも同然なんだ」


 なおもいきり立つ僧侶に対し、教皇は静かに手を上げて制する。


「あなた方の仰る通りです。ですが今は民を導くべき時。私が天に召されるのは、いずれ役目を果たしてからとなりましょう」


 つまり、あなたは天寿をまっとうするつもりなんだな。生きたくても生きられなかった人々の苦しみを無視して。


 そう言ってやりたかったが、言ったところで効き目はなさそうだ。


「話が逸れてしまいましたが、まずは、あなた方のこの国への尽力をまずは感謝いたします。少々行き過ぎたきらいはありますが、これでもう、戦争などしなくても国を存続させることができるでしょう」


「早まって開戦などせず、聖女様やサイアム枢機卿の政策を受け入れていれば、国全体がここまで苦しむことはなかった」


「それは結果論です。過去の過失のことよりも、これからの未来について話さねばなりません」


 おれは嘆息する。


 まいったな。話すたびにイライラさせられる。


 このままでは、おれもサフラン王女のように感情を爆発させてしまいそうだ。


 おれの様子を見かねてか、聖女セシリーが話を引き継いでくれる。


「戦争がもう必要ないのなら、なぜすぐ終戦させないのですか」


「このまま終わらせては、またこの国が苦境に立たされるからです」


「それは戦端を開いた側として、賠償責任を果たさねばならないからですか?」


「それもありますが、今回の大義名分は聖地奪還にあります。その目的を果たさず終戦となれば、国内からも非難されましょう。スートリア教の求心力も失われ、この国は再び荒れることでしょう」


「つまり、モリアス鉱山を占領するまで戦争を続けると?」


「そうせざるを得ません」


「そんなバカなことが許されると思うのですか!」


 サフラン王女が再び声を張る。


「モリアス鉱山がスートリア教の聖地だという解釈は、そもそもが穴だらけなのです。諸外国の方々は、資源獲得のための強引な手段だとわかっているはずですわ。この期に及んで、それを貫こうなどと愚かなことです!」


「ではサフラン王女は、どうするべきとお考えになりますか?」


「モリアス鉱山が聖地だというのは解釈が間違っていたと発表し、きちんと国としての責任を取るべきです」


「先ほども言ったとおり、それではこの国は再び苦境に立たされるのです」


「嘘をついたまま戦争を続けるほうが、ひどい結果になります」


「いいえ。勝てば違う結果になります」


「この厭戦気分の漂う中で、それができるとお考えなのですか」


「はい。あなた方の協力があれば」


 教皇は本気の目で告げる。


「あなた方の素晴らしい技術を兵器に転用すれば、鉱山ひとつ陥落させることなどわけないでしょう」


「いい加減にしろッ!」


 おれは思わずテーブルを叩き、声を荒らげてしまう。


「なにを怒るのです。私はただ、これまでと同じように、民を助けていただきたいとお願いしているだけなのです」


 ダメだ。話にならない。


 己のおこないも考えも正しいと信じて疑わない。態度は穏やかな聖職者だが、その実態はひどく邪悪な為政者だ。


 おれはリックに視線で合図を送る。


 リックは頷き、静かに立ち上がった。


「もう限界だ。リブリス教皇、我々はあなたを罷免する」





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