第119話 女心がわかってない

 いよいよ分かれ道に差し掛かり、バーンだけがおれたちと違う道を行こうとする。


 別れ際、聖女セシリーはバーンと向き合っていた。


「待っていてくださいね。必ず、また会いに行きますから」


「ああ、是非来てくれ。みんな喜ぶ」


 バーンの返答に、セシリーは不服そうだ。


「あなたは? 喜んでくれないのですか?」


「俺はスートリア信徒じゃないからな。他のみんなほど喜ぶとは言えねえかな」


「そうですかぁ……」


「悪いな。どうにも聖女様って呼ばれてる割には、他の連中が言うほど神聖って感じがしなくてよ」


「それってどういう意味ですか?」


「どうって……あんまりにも普通の女って感じで、崇めようとは思えねえっていうか……いや、聖女様をそんな風に言うんじゃ、リックに怒られちまうか」


「普通だと思ってくれるのなら、聖女様ではなくセシリーと呼んでくれませんか」


「ん、わかったよ。セシリー様」


 セシリーは目を細めて、唇を尖らせる。


「様ぁ~?」


 バーンは困ったように咳払いする。


「……セシリー」


「はいっ。そう呼んでくださいね。ふふっ」


 にこりと笑うセシリーに、バーンは頭をかく。


「なにが、そんなに嬉しいんだ」


「私を普通の女の子として扱ってくれる人、初めてですから」


「そうか。でもさすがに信徒が集まってるところじゃ、呼び捨てにはできねえぞ?」


「たまにでいいです。たまにだけ、普通でいさせてください」


「ああ、わかったよ」


 それから名残惜しそうな視線を交わし、バーンは背を向ける。


「それじゃあ、またな」


「……待て、バーン」


 エルウッドに呼び止められて、バーンは振り返る。


「どうした?」


「オレも行く」


「えっ!」


 言われたバーンよりも、聞いていたラウラのほうが驚いていた。


「ちょっと、エルウッド。急になに言ってるの」


「オレとしては、そう急でもない。このところずっと考えてたんだ。もともとオレは、ソフィアさんの代役だった。彼女が戻ってきた以上、オレはもういなくてもいいんじゃないかってな」


「エルウッド、おれはそうは思わない。人手があれば、それだけ助かるんだ」


 おれの言葉を、エルウッドは否定しない。


「オレもそう思う。だから、バーンの話を聞いてて思ったんだ。より人手が必要なのは、診療所のほうなんじゃないかってよ」


 バーンは小さく首を横に振る。


「資材が無いんじゃ、せっかく来てくれても活かせねえよ」


「それはシオンがなんとかしてくれる。それにな、無いなら調達すりゃいい。魔物はいい素材になる」


「魔物素材の使い方なんて、俺にゃわからねえよ」


「オレがわかってる。師匠に仕込まれたし、実績もある。この国の魔物は強いが、お前とオレとラウラでなら、どうとでもなるレベルだ」


 急に名前を出されて、ラウラはさっきにも増して驚いていた。


「ちょっとちょっと、なんであたしも行くことになってるの?」


「来てくれないのか?」


 純粋な眼差しで問うエルウッドに、ラウラの勢いは削がれる。


「いや、まあ、行ってもいいけど……。なんであたしなのよ。あたし、それこそ魔物退治の手伝いくらいしかできないのよ。材料調達が済んだら、なんの役にも立てないし……」


「ただ来て欲しいから、ってのは理由にならないか?」


「えっ、えっ。それって、どういう意味で言ってるの?」


 少しばかり頬を染めながら問うラウラ。エルウッドは、じっと彼女を見つめ続ける。


「シオンやソフィアさんの幸せそうな様子とか、バーンたちのもどかしい感じを見てたらな。オレもここらでハッキリさせておきたくなったんだ。ラウラ、オレは――」


「わああ! ちょっと待って! 一緒に行くから、ちょっと待って!」


 ラウラは顔を真っ赤にしながら、両手をばたばたさせる。


「なんでだ」


「雰囲気! ムード! 情緒ぉ! そんなついでみたいなノリで言われたくなぁい!」


 バチィンッ、とラウラの張り手がエルウッドの尻を襲った。エルウッドは微動だにしない。


「そういうものなのか?」


 おれは苦笑する。


「うん、今のは君が悪いよ。女心がわかってない」


「ショウさんがそれを言うのですか……?」


「鈍感、勘違い、すれ違いの前科者なのにね~」


「人をその気にさせて本人は無自覚なあのショウが、よくもまあ」


「うぐ……っ」


 妻と婚約者たちから総ツッコミを受けてなにも言えなくなる。


 とりあえずエルウッドは納得したようだった。


「なら告白はまた今度にする。ラウラ、一緒に来てくれるなら嬉しいぞ」


「いやもう、そのセリフがさー、もうさー……」


 ぼやきながらも、満更でもないラウラだった。


 そんなラウラに、ノエルが挙手しつつ声をかける。


「それならラウラさん、患者さんに魔法教えてみたらどうかな?」


「魔法を?」


「そうそう、アタシがラウラさんに教えてたみたいに。手足の代わりにはならないけど、簡単な魔法が使えれば、少しは生活の補助になるでしょ?」


「ああ、なるほど。それならあたしでも役に立てそう。やってみるわ!」


 こうしてバーンたち三人は、おれたちと別れて診療所へ向かうこととなった。


「すまねえ、ふたりとも。また世話になる」


 エルウッドとラウラに頭を下げるバーンの真摯な姿に、おれは彼らの行く先に幸あることを確信するのだった。


 三人を見送ってすぐ、ノエルがおれの腕に絡みついてきた。豊かで柔らかい胸の感触が久しぶりで、どきりと心臓が跳ねる。


「ああいうの見てるとアタシも……、って気持ちになっちゃうなぁ。ソフィアも戻ってきたわけだし、これまで遠慮してた分、甘えちゃうわよ~?」


「抜け駆けはずるいよ」


 反対側では、アリシアがそっと袖を掴む。


「…………」


 左右ともに塞がれたソフィアは、黙っておれの胸に、ぽふっ、と背中を預けてきた。


「まあ。両手に花とは言いますけれど、ショウ様は両手に抱えきれませんのね」


 サフラン王女に笑われて、おれは大いに照れた。





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