第114話 おかえり

 おれたちは頃合いを見て、その場から撤収した。


「こっちだ!」


 大神殿の外で、すぐ呼びかけてくる声があった。そちらへ駆けると、声の主がおれたちへ手を掲げた。


 おれたちを含めた周囲のあらゆる影が肥大化し、おれたちを闇の中へさらってしまう。


 先天的超常技能プリビアス・スキルの【シャドウ】だ。


「そのまままっすぐ走れ!」


 声を頼りに長い闇を走り抜ければ、やがて大神殿からかなり離れた街道に出てくる。


 そこには勇者の紋章を持つ男と、先に撤退したノエルやアリシアがいた。その背後には聖女セシリーとサフラン王女。そして……。


「ソフィア!」


 おれは立ち止まらず、そのままソフィアに抱きついた。


「ショウさん……!」


 ソフィアはおれの胸に顔をうずめ、背中に回した腕でぎゅっと締め付けてくる。


 そのぬくもり。その柔らかさ。あるべき場所に戻ってきたような安心感がある。


「遅くなってごめん。本当はすぐ助けに来たかったけど……」


「わかっています。全部、わかっているんです。お忍びで物作りしに来ていたのでしょう? なにか手立てを見つけて、ここまで来てくれたのでしょう? 思っていたより、ずっと早かったです」


 思わず笑みが漏れる。


「おれのことは全部お見通しなんだね。さすがソフィアだよ」


「それはそうです。だって……わたしのショウさんですもん」


「そうだね、おれは君がいないとダメだったよ。物作りは上手くいったし、感謝もされたけど……どうしても他人事みたいな気がしちゃっててさ……。君が隣にいないんじゃ物足りなかった……」


「わたしだって、あなたがいないとダメダメでした。スートリア教の内部で物作りの素晴らしさをアピールするつもりでしたが、大した成果は上げられませんでした……」


 おれたちは互いに少し離れて、見つめ合う。黄色い綺麗な瞳がおれを見つめてくれる様子が、たまらなく懐かしく、震えるほど嬉しい。


「おれたち、離れ離れになっちゃダメなんだね」


「はい。次はショウさんも一緒にさらわれてください」


「次、あるかな?」


「なんちゃって」


 にこりと微笑むソフィアに、おれの胸は張り裂けそうなくらいにときめく。


「おかえり、ソフィア。愛してるよ」


「ただいまです、ショウさん。わたしも、愛しています」


 口づけを交わす。柔らかくあたたかい繋がりに、涙が溢れてくる。


 唇を離して、また笑い合う。幸福感で満たされる。


「んっ、んんっ!」


 そこでノエルの咳払い。


 おれたちはハッと、他のみんなもいることを思い出す。


 急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。ソフィアも顔を真っ赤にして、両手で顔を隠してしまう。


【シャドウ】の勇者が、一歩、こちらへ寄ってきた。


「夫婦の再会をお邪魔してしまって申し訳ない」


「リック隊長さん……」


「知り合い?」


 呟くソフィアに、おれは尋ねた。


「はい。わたしたちをここまで連れてきてくれた方々の隊長さんです」


「つまり、さらった張本人?」


「その節は、大変失礼いたしました。メルサイン大神殿警備隊長のリックと申します。ひとつだけ、訂正させていただきたい。ソフィア様のおこないは、決して少なくない影響を我々に与えておりますよ」


 ソフィアは小首を傾げる。


「そうでしょうか?」


「あなたに装備を整備していただいた隊員たちは、みんなあなたに心酔しておりました。大神殿の製造現場の者たちもそうです。一度浸透した考えは、そうでなかった者たちにも伝わり、大きな波になることでしょう」


 リックは、ジェイクを見遣る。


「私もその影響を受け、そして、このバーンという友に出会えました。神の導きを信じ、聖女様をお救いする勇気を分けてもらいました。その結果が、今なのです」


 リックはいかにも誇らしげに、ジェイクに視線を向けている。


 しかしジェイクは神妙な表情でうつむいてしまっている。


「俺があそこにいたのは聖女様の導きなだけで、そんな大層なことしちゃいねえよ……」


 ジェイクの言葉に聖女セシリーは首を横に振る。


「そんなことありませんよ。あなたはここまで来てくれました。それになにより、あなたによって救われている人は大勢いるのです。私も、友人として誇らしいです」


 セシリーはジェイクに微笑みかける。それからおれたちへ視線を向ける。


「改めてご紹介いたしますね。私の大切な友人のバーンさんです。会談の際にお話しした、新しい義肢を考案中の方です」


 おれはいよいよ、ジェイクと向き合う。


「そうか。君があの義肢を……」


「すまねえシオン! 本当に、本当にすまなかった!」


 ジェイクはひざまずき、深く深くこうべを垂れた。


 エルウッドやラウラが、その行為に驚いて息を呑む。


「全部、俺の嫉妬がさせたことだった。詫びのしようもねえ! けど、けどよ、お前を殺しておいて勝手だけどよ……生きていてくれて、本当に、本当に良かった……!」


「ジェイク……」


 ジェイクは懐から短剣を取り出し、おれに差し出した。


「これは『技盗みの短剣スキルドレイン』?」


「前に身を寄せてた組織から、奪い取ったやつだ。いつか……お前から奪った【クラフト】を、相応しい誰かに渡すつもりだったんだ。お前に返せるなら、これ以上のことはない」


「……償い、かい?」


「その真似事にしかならねえのはわかってる。気がすまねえなら、そいつで刺し殺してくれたっていい!」


「そんな、いけません! レジーナさんはどうなるのです!?」


「黙っててくれ聖女様! これは俺たちの問題なんだ! 俺は、それだけのことをしちまった! 本当は、誰かを案じる資格なんかねえんだ!」


 おれは『技盗みの短剣スキルドレイン』を受け取った。


「……わかった。君の望むようにしよう」





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