第99話 物作りで戦争を止めるんだ

「シオン、お前、生きていたのかよぉ……!」


 エルウッドは恥じることなくボロボロと涙を流す。


 ラウラも大粒の涙を頬に伝わらせる。


「あなた、生きてたんなら教えてくれたっていいじゃない……! あたしたちが、ずっとどんな気持ちでいたと思ってるのよぉ!」


「すまない、ふたりとも……。事情があったんだ」


 おれは号泣するふたりをなだめて、生存を隠していた理由を説明した。


「そうか、やっぱりジェイクがお前を……。抜けて正解だったか」


「『フライヤーズ』の解散のあと、脱獄までしてたのね……とことん落ちたものね、あいつも」


 ふたりはジェイクを悪く言うが、おれにはもう彼を恨むような気持ちは残っていなかった。


 彼に【クラフト】を奪われたからこそ、おれはソフィアと出会えた。今日まで仲間たちと共に、ひとりでは作れないたくさんの物を作ってこれたのだ。


 実際にまた会ったら、やっぱり怒ってしまうかもしれないが。


「それで物作りの旅をして、結婚して、貴族に出世……ね。なんだか手の届かないところへ行っちゃったみたい」


「でもシオンはここにいる。こうして生きてる」


「ええ……本当に良かった……」


 揃ってしんみりしてしまう。


 本当はおれも時間を忘れて再会を喜び合いたいが、そうするわけにはいかない。


「ところで、ふたりはどうしてここへ? ボロミアくんとケンドレッドさんの紹介みたいだけど……」


「ケンドレッド? ケン師匠のことか?」


「師匠?」


「ああ、オレはケン師匠から鍛冶仕事を習ったんだ。シオン、お前の友になりたくてな」


「おれはもとから友達だと思ってたよ」


「お前はそうでも、オレは違った。お前が見ていた世界のことを、なにもわかってなかった。でも……今なら少しはわかる。お前と語り合いたい」


「エルウッド……そう言ってくれて嬉しいよ」


「お前の工房で働かせてくれないか。まだまだ役立たずの未熟者らしいけどよ」


 エルウッドが持ってきた紹介状の内容と、エルウッドの認識は少々違っている。


 ケンドレッド曰く「メイクリエでは平均以下だが、他所なら一生喰っていけるだけの腕前だ」とのこと。調子に乗らないよう、弟子には厳しく言っていたのだろう。


 ケンドレッドさんらしいや、とおれは微笑む。エルウッドには黙っておこう。


「ラウラはどうしてここに?」


「あたしはボロミア先生のとこでA級に昇格したんだけど、S級を目指すならノエルさんに師事しろって勧められて。まあ、先生の思惑としては、あたしにショウさんを籠絡させて、ノエルさんを取り戻したかったみたいだけど」


「あぁ、その小細工……彼らしいな」


「でも、あの噂のショウ・シュフィールの正体がシオンだなんてね。先生には悪いけど、そんな気にはなれないわ」


「そうだね……。でも、そっか。A級魔法使いになれたんだね、おめでとう」


 頭の中でかちりと歯車がはまる感覚があった。


 職人とA級魔法使い。ふたりとも戦闘経験も申し分ない。


 おれは深く頭を下げる。


「ふたりとも、ここへは目標のために来たのはわかってる。けど、すまない。その前に力を貸してくれないか。おれは――」


「いいとも。なんでも言ってくれ」


 最後まで聞かずに、エルウッドは即答した。


「事情も聞かずに?」


「聞く必要があるか?」


 エルウッドは腕を伸ばして、拳をおれの胸に当てた。


「お前の頼みなら、どんな事情だろうと力を貸すさ」


「エルウッド……ありがとう」


「あたしも手を貸すわ。シオン、さっきから他のこと気にしてるでしょ。相当、切羽詰まってるんじゃない?」


「ああ、実はそうなんだ」


「でもあたしは事情は聞きたいわ。なにをすればいいのかも、ね」


 おれは頷いて、事情を話す。


 それから、ノエルとアリシアも呼んでくる。簡単な紹介を終えたところで、おれはみんなに表明する。


「やることは当初の予定通りだ。スートリア神聖国に、物作りに行く」


 全員、困惑の表情を浮かべた。代表して、アリシアが問う。


「どういうことだ。戦争中だぞ」


「戦争中だから行くんだ」


 おれは闘志を込め、強く拳を握りしめる。


「資源が欲しくて戦争するんなら、欲しがる物を作ってやればいい」


「戦争の原因を取り除くってこと?」


 いち早く理解したノエルの問いに、おれは頷きを返す。


「そうさ。おれたちの物作りで戦争を止めるんだ」


「できるのか、そんなことが」


 エルウッドは、ラウラと同じく困惑したままだ。


「できる。物作りに不可能なんかない」


「なら……信じるぜ」


 エルウッドは困惑から一転、覚悟を決めた表情になる。


 その隣でラウラが声を上げる。


「待って。仮にそれができたとして、ソフィアさんとサフラン王女はどう助けるの?」


「戦争の必要が無くなれば人質もいらなくなる。返してもらえるさ」


「回りくどくない?」


「かもしれない。けど、これが一番確実なんだ」


 ソフィアたちをアテもなく探して回り、見つけたら今度は、精強な勇者たちを倒して奪還する。そんな方法は現実的ではない。


 おれたちにやれる方法で、最も確実なのはこの方法だったのだ。


「もちろんソフィアたちは探すし、見つけたなら救出の手段も考える。そのとき物作りが進んでいたら、交渉材料としても使えるはずだ」


 ふぅ、とアリシアは感心したようなため息をつく。


「まったく。さすがの発想だな、ショウ。私も乗った。この国を一度救っているんだ。戦争を止め、ソフィアや王女を救うことだって、きっとできる」


「アタシも賛成。物作りでどうにかするって、きっとソフィアがいたら同じこと考えると思う」


 ノエルの返答を一瞥し、エルウッドもすでに賛成済みとばかりにうなずく。


「そこまで言うなら、あたしも賛成するけど……。シオン、変わったわね。発想のスケールが特に……」


 最後に残ったラウラは賛成しつつも、呆気にとられていた。





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