第93話 大きな実績ができましたね

「ささやかなダンスパーティを開きたく思いますの」


 サフラン王女は、みずからが選びぬいた新素材の生地を抱きしめながら提案した。


「せっかく、みなさまが作り出した新しい物ですもの。華々しくお披露目すべきですわ」


 そうと決まったら、王女の行動は早かった。


「さあ、みなさまのサイズを採寸いたしますわ!」


「楽団と会場は押さえましたわ。宮廷においでくださいませ」


「賓客への招待状も準備しませんと……。みなさまも、お招きしたいご友人がいらっしゃいましたら是非、仰ってください」


 サフラン王女は本当に楽しそうに準備を進めていた。


 その間に織っていた新素材の生地は、やっと王女が望む量に達する。


「みなさまの衣装は、わたくしが責任を持って仕立てますわ。楽しみにしていてくださいまし」


 そうしてサフラン王女は生地を持ち帰った。


 そしてパーティの三日前に届けられた衣装に身を包み、おれたちは会場へ赴いた。


「久しいな、ショウ・シュフィール。新たな生活はどうか?」


「これは陛下。慣れない生活に苦労しておりますが、お陰様でなんとか体面を保てております」


「うむ。今日は日頃の疲れは忘れ、楽しんでいくが良い」


「ありがとうございます」


「我が娘サフランが珍しく開いた会である。あのように楽しげな様子を見るのは久しい。なにか仕込みがあると見るが、どうか?」


「それはあとのお楽しみというものです」


 王はにやりと笑う。


 それから伴ってきた第一王女と第二王女、それぞれの夫婦を紹介してくれる。


 挨拶もそこそこのところで、楽団による演奏が始まる。


 サフラン王女の出番はまだ先。予定通りだ。


「ソフィア、踊ろう」


「はい、ショウさん」


 最初の曲はソフィアと、ゆっくり穏やかに。


 次はノエルと、ダンスのおぼつかない彼女をリードして。


 三曲目はアリシアと。真面目で動きの固いダンスを、少しずつ解きほぐすように。


 始まりの三曲が終わると、いよいよ会場にサフラン王女が現れる。


「みなさま、本日はご来賓いただきありがとうございます。本日はささやかなダンスパーティですが、その趣旨は、この国で新たに作り出された物を、みなさまにご披露することにございます」


 それを聞いて王は「ほう」と呟く。


「今、まさにみなさまがご覧になっているわたくしのドレス。こちらこそが、その新しき物なのです」


 第二王女は露骨に眉をひそめた。


「このところ外出が多いと思ったら、あの子はまた、つまらないことを……」


「マーシャ、今はよしなさい」


 第一王女にたしなめられて第二王女は口を閉じる。しかし当の第一王女も、サフラン王女に期待していないのか、どこかつまらなそうにしている。


「ただのドレスではございません。それを今、お見せいたしますわ」


 サフラン王女は楽団に視線を送る。続いてノエルにも。


 静かな流水を連想させる音楽が演奏され始めると、ノエルも魔法を発動させる。


 それはダンスホールの中央に、水の芸術を出現させた。


 いくつもの水滴が上下に左右に、踊るように弾む。


 サフラン王女は、その中へ軽やかに飛び込んでいった。


 水とともにサフラン王女は華麗なステップを踏む。


「濡れていないぞ……?」


 賓客の誰かが呟き、みんなが気づく。


 水が当たっても、王女のドレスはそれを弾く。


 これこそが新素材生地の特徴のひとつだった。


 撥水効果を持ち、多少の水滴程度では濡れない。


 特徴はそれだけではない。


「なんて軽やかなのかしら。あのデザインでは、かなり重いでしょうに……」


 サフラン王女のドレスは踊ることを考慮されてはいるが、デザインのボリュームは多い。必然的に使う生地の量は多くなり、本当なら無視できない重さになる。


 しかし新素材生地は、従来の生地に比べてかなり軽いのだ。


 ゆえに、見た目に反して軽やかに動ける。


 やがて賓客らは、流水と一体となったサフラン王女の美しさに見惚れていく。


 第二王女も、第一王女も、目を離せずにいる。


 サフラン王女が誘うように、おれたちに手を差し伸べる。


 さっそくソフィアが前に出て、その手を取り、ふたりで踊り始める。


 おれもアリシアの手を取り、水の中でステップを踏む。


 そして最後にノエルは水を細かく拡散させ、室内に見事な虹を作ってみせた。


 ダンスを終えて、王女を中心におれたちは深くお辞儀をする。


 わっ、と感激の拍手が鳴り響く。


「みなさま、ありがとうございます。ご覧になられましたように、このドレスの生地は濡れません。丈夫で、軽く……さらに季節に左右されず大量生産が可能なのです」


 嬉しそうに、誇らしそうに王女はおれたちに視線を向ける。


「そうです。あのガルベージ工房の方々が生み出した新素材……。その新しい活用法が、この生地なのです」


 また拍手が起こるが、おれは手を上げてそれを制する。


「特筆する点はまだあります。この活用法は、サフラン様の発想から始まりました。この素晴らしい生地を選びだしたのも、おれたちの衣装をデザインし、仕立ててくださったのも、サフラン様なのです」


 おれの声にソフィアも呼応する。


「共に新しき物を生み出したサフラン様に、深い感謝と尽きない友情を捧げたく思います」


 それで改めて拍手が巻き起こる。


「ふ、ふん……。なによ、サフランのくせに……。やるじゃない」


 第二王女が小さな拍手をしながら、静かに会場を去っていくのが見えた。


 一方の第一王女は手を叩きながらサフラン王女に近づいていく。


「サフラン、貴方にもひとつ、大きな実績ができましたね」


「それ以上に、素晴らしい友人を得ました。わたくしの自慢です」


「わたくしにも自慢がひとつ増えましたわ。貴方という妹です」


「姉上様……」


「貴方を見くびっていました。わたくしの不覚です。今までごめんなさい」





------------------------------------------------------------------------------------------------





読んでいただいてありがとうございます!

お楽しみいただけているようでしたら、

表紙ページ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )の

左上青色の★をクリックして、評価していただけたら幸いです!

作品フォローもいただけたらさらに嬉しいです!


応援いただけるほど、執筆を頑張れそうです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る