幕間
第83話 番外編⑪ 落伍者の現実
決闘での大敗と、これまでの悪行が明るみに出たことで、リチャード・ヒルストンはすべての所領を没収された。
本来なら元職人ギルド長のデクスター・マクミランと共に投獄されることになっていたが、蓄えてきた財産をすべて差し出し、さらにこれまでの功績を主張することで、なんとか放逐処分に留めることに成功した。
すでに屋敷は差し押さえられている。妻たちは離縁状を叩きつけた上で、子を連れてそれぞれの生家に帰っていった。
ヒルストンに残されたのはその身と、身に余る憎しみだった。
その情動のまま、その日おこなわれている貴族の会合に押しかけたのだった。
「貴方がたは、このままでよいのか!? 我々が築いてきた甘い汁を吸い上げるシステムが破壊されようとしているのですぞ! 今こそ一致団結し、ガルベージ家とその一味をこの国から叩き出すのです!」
ヒルストンの熱弁はしかし、貴族たちの失笑を買った。
「返り討ちにあって所領を剥奪された者がなにを言う」
「卑怯にも決闘に五十余名で挑み、たったふたり相手に全滅したと聞いておりますぞ。よく顔を出せたものですな」
「惨めに敗北し、脱糞までしたとか。おや、なにやら臭いますな? また漏らしてしまいましたかな、元・ヒルストン卿? ははははははっ」
嘲笑と侮辱を叩きつけられ、ヒルストンは屈辱に打ち震える。
「しかしこのままでは、貴方がたも同じ目に遭いますぞ!」
「遭わねーよ、バーカ! お前の時代は終わったんだよ、クソオヤジ」
「なんだと。口を慎め、若造!」
「口を慎むのはお前だヒルストン! 平民ごときが、我らと対等に口を利くな」
中年の貴族に一喝され、ヒルストンは黙らざるを得ない。
ひとり無言だったべつの貴族が、悠然と口を開く。
「そもそもが、ヒルストン家のシステムとやらに乗ったのが間違いだったのだ。確かに、短期的には良い思いをさせてもらった。しかし、長い目で見れば国を衰退させ、我々の実入りも日毎に目減りさせていくものだった」
「そうだよなぁ。国そのものの力が弱まれば、私腹を肥やすどころの話じゃねえよな」
若い貴族の口の悪さに気に留めず、冷静な貴族は話を続ける。
「私はガルベージ家と、新たに興るというシュフィール家を支援する」
その表明には、次々と賛同者が現れた。
「うむ、やつらと手を結んだほうがいい目が見れそうだ」
「新技術とやらで国が富めるなら、我らの実入りも遥かに多くなるぞ」
「ふふふっ。寄生虫として私腹を肥やすなら、宿主にも太ってもらわねばな」
「シュフィール家のショウは貴族になったばかりで、婚約者がまだひとりしかいないそうだ。挨拶がてらに、娘との縁談を進めてみるか」
なんだこれは……。
ヒルストンは愕然としていた。
かつては自分が発言すれば、あらゆる貴族がその意見を尊重したものだ。自分に媚びて、縁談を持ってきた者もひとりやふたりではない。
これでは、ヒルストン家が築いてきた権威がすべて、あのショウとかいう男に奪われたかのようではないか。
「そういうわけだ、ヒルストン。我々はこの国の発展と、我らの未来のために、ガルベージ家とシュフィール家につく」
「二百年も続く名門ヒルストン家から、あんな成り上がり者に乗り換えると!? 恥を知れ!」
ヒルストンの発言は、再び失笑を買った。
「あのさ、おっさん。わかってねえの? ここで一番恥ずかしいのはあんたなんだぜ」
「なんだと……?」
「話は終わったよな? 俺は帰るぜ。どけよ、脱糞クソオヤジ」
立ち上がった若い貴族は、充分に通れるスペースがあるにも関わらず、ヒルストンを突き飛ばした。
決闘での傷がまだ癒えきっていないヒルストンは、その場に尻もちをついてしまう。
若い貴族は嘲笑って、懐から取り出した小銭を放ってきた。
次々に退室していく貴族たちも、同様に小銭を投げてくる。
これではまるで……。
「お似合いだな、ヒルストン。己の力で再起するわけでもなく、ただ口先で求めるばかりのお前は、まさに物乞いだ」
やがてヒルストンは、使用人の手で屋敷の外へ放り出される。
貴族たちから恵まれた小銭と一緒に、地面に転がされる。
「う……くっ、後悔するぞ……。後悔するぞ……!」
屈辱と憤怒の感情のまま、小銭を拾い握りしめ、屋敷をあとにする。
とはいえ、もうアテなどなかった。
投げつけられた小銭が、ヒルストンの最後の生命線だった。
生まれてこのかた、まともに労働などしたことのないヒルストンは、生きるために働くという発想がない。労働と報酬の関係すら、理解が曖昧だった。
露店での買い物すらおぼつかない。店員に教えられて、小銭と思っていた硬貨の価値が、庶民には非常に高いものだと初めて知った。
そして硬貨を狙った不審者に路地裏に連れ込まれ、暴行を受ける羽目になる。
たった数枚の硬貨を握りしめ、身を丸めてただ耐えることしか出来なかった。この国で最有力貴族だった男が、だ。涙が溢れ出た。
容赦ない暴力に屈し、最後の財産も奪われた。だが命があっただけでも幸運だったことを、ヒルストンは知らない。
路地裏でボロ布で身を覆い、震えて夜を過ごした。
朝目覚めて、することもなくただ路地で座っていたら、通りすがりの平民に本物の小銭を投げられる有様だった。
平民ごときに惠まれてしまった屈辱は、半日も経たないうちに空腹に押し潰される。
幾日もそんなことが続いていくうちに、ヒルストンは恵んでくれる者たちを利用してやろうと、媚びる演技で小銭を求めるようになっていく。
貴族として身に付けた教養は一種の芸となり、投げ銭集めの役に立った。
そうしてヒルストンは、再起を願う気位の高さとは裏腹に、本物の物乞いとなった。
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