第48話 まずはアイディア出しね?

 おれたちは早速、今後の方針を決めるため会議することとなった。


 アリシアだけは、ヒルストンの訪問で後回しになってしまったが、ばあやとの話があるので遅れて参加するとのことだ。


 屋敷の書斎にて、三人でテーブルを囲む。


「さて、まずは整理しよう。おれたちの当初の予定としては、試作品のあとは盾を生産するつもりだった。メイクリエといえば、やっぱり武具だからね」


 武器を候補から外したのは、新素材が刃物の生産には向かないことがわかっていたからだ。


「ところが盾は、コップなんかよりずっと大きい。金型はより大型になるし、それに合わせて射出成形インジェクション装置も、より大きい物が必要になる。とても三ヶ月じゃ間に合わない」


 おれはそこで立ち上がり、倉庫から借りてきた黒板の前に立つ。


「おれたちが三ヶ月以内にしなきゃいけないことは五つある。まずひとつは、射出成形インジェクション試作機で作れる大きさで、かつ、商品力のある製品のアイディアを出すこと」


 黒板に書き出していく。


「ふたつ目は、その製品に適した新素材を選定し、充分な量を確保すること。三つ目は、その製品の金型を製作すること。四つ目は実際に生産して、量産可能であると示すこと。最後に五つ目は、販路の確保だ」


「うぅん? 他はともかく、販路は協会のほうでやってくれるんじゃないの?」


 ノエルの質問はもっともだ。おれたちは協会に登録したときに、そう言われている。


「これは妨害対策だよ。相手は監査官だ。正当に評価せず審査落ちにするくらいわけない。けど、事前に国内外で評判を得ていれば、さすがに無視できなくなるはずだ」


「確かに、そうです。相手を出し抜くにはそれくらい必要ですね」


「販路の確保には時間がかかる。上手く確保できても、期限までに評判が返ってくるかは賭けになるだろう。時間との勝負だ。なにを作るか決めたら、すぐに営業をかけたい」


「なら、まずはアイディア出しね? どんな製品かわからないのに仕入れを約束してくれるお店なんかないものね?」


「そうだね。早速、みんなで考えてみよう。まずは、実現できるかどうかはおいておいて、『こんなのがあったら嬉しい』っていう品物を出していってみようか」


「はいは~い♪」とノエルが手を挙げる。


「アタシ、なんかこう、食料を長期保存できる容器とか欲しい」


「いいね。旅の役立ちそうだ」


 ソフィアも遠慮がちに小さく手を上げる。


「アクセサリーなどはいかがでしょうか」


「それも良さそうだ。今までより手軽におしゃれできるね」


 それからおれも自分の考えを口にする。


「ミニチュア模型なんてどうかな。有名なお城や伝説の名剣を、手軽に部屋を飾れたら面白いと思うんだ」


 こうしてアイディアをいくつも黒板に書き出していく。


 しかし、なかなかしっくりくるアイディアが出てこない。


 行き詰まっていたところに、書斎の扉が開いてアリシアが入ってくる。


「すまない、遅くなった」


 おれたちは会議の状況を手短にアリシアに説明する。


「――というわけなんだけど、アリシアにはなにか、こんなのがあったら良いっていうような品物はないかい?」


「ああ……そうだな……。その……すまない。思い付かない」


 その表情は暗く沈んでいて、心ここにあらずといった様子だった。


「ねえ、どうしたの、アリシア?」


 たまらずノエルが尋ねるが、アリシアは首を振る。


「すまない。なんでもないんだ……。ちゃんと考えるから、心配しないでくれ」


「嫌よ、アリシア。アタシ、そういうの見逃せないの。深刻な顔をしてる人がいたら、助けたくなっちゃう」


「しかしノエル、これは仕事とは関係ない。個人的なことだから――」


「そんな理由で無視できる人間だったら、アタシは今ここにいないわ。ねえ、お願い。アタシたち友達でしょ? 話してみてよ」


 ノエルの真剣で優しい眼差しに、やがてアリシアは俯いた。


「……ばあやが、隠居したいと言い出してきたんだ」


「ばあやさんが、なんで? 体は丈夫で、いつもあんなに元気なのに。あっ、アタシたちが、迷惑かけちゃってる……?」


「違うんだ。実は、もうだいぶ前かららしいんだが……目が、悪いらしい。眼鏡をかけていてさえ、文字を読むにも苦労しているそうなんだ」


「そんな風には見えなかったのに……」


「昔から使っている帳簿などは、読めなくても内容は記憶しているから、な。けれど新しいことには、もう、対応できないから……って」


 射出成形インジェクションの資料を渡したとき、ばあやが憂鬱な顔をしたのは、それが理由か。


「……眼鏡、買い替えてあげられないの?」


「できればそうしたい。今の物は私の父が贈ったかなり古い物だからな……。しかし、あんな高価な物、今の我が家の収入では難しい」


「ならなら、ちょっとあれかもだけど事業の予算を使っちゃったら――」


「それこそ、ばあやは受け取ってくれない。私だって剣や盾を売ってでもと思ったが、そんなことをしたらばあやが負い目に感じるだけだ」


「……そっか、そうだよね……」


 案がなくなって、ノエルは黙ってしまう。瞳はまだ曇らず、手段を考えている表情。


「ばあやには、いなくなって欲しくない。けれど、簡単に考えを曲げる人でないのもわかってるんだ。私には、どうすれば引き止めておけるか……わからない」


 長考の沈黙のあと、ノエルは顔を上げておれとソフィアに交互に視線を向けた。


 おれたちはその意図を瞬間的に察して頷く。互いの心がわかるかのように。


「ならアタシたちが作っちゃえばいいのよ! 視力が衰えて悲しい思いをしてる人たちみんなのために、安くて良いレンズをさ!」





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