第1部 第5章 最高の仲間たち -製造準備-

第45話 みんながいてくれたからできたんだ!

 あれからおよそ三ヶ月。


 工房の修理と増築が完了し、充分な材料を確保できたおれたちは、本格的に装置の製造を始めていた。


 そしてついに今日……。


「よし……。みんな、心の準備はいいかい?」


 最終チェックを終え、おれは振り返る。


 みんなそれぞれ緊張の表情で、横長で複雑な装置を見つめる。


「はい……。ドキドキします」


 ソフィアは胸元に手をやり、ただじっと待つ。


「うぅ~、大丈夫だと思うけど。バグが出ないか心配~」


 ノエルは両手を祈るように重ね、その場で小さく足踏みを重ねる。


「バグ?」


「ああ、アリシアは知らないっけ? 魔力回路のミスで思ったとおりに動かないことを、魔法使いはバグって読んでるの。回路の一部が、バグに食われちゃったみたいに欠けてるからバグ」


「なるほど。しかし、これまでのノエルの魔導器を見れば杞憂だとは思うがな」


 アリシアが見つめる先には、べつの装置がいくつもある。


 ソフィアと共同で開発した装置ばかりだ。円筒の先端に多数の切れ刃をつけた工具を、高速回転させる金属切削加工装置だとか、重量物の移動を補助する装置。それに、魔物の分泌液や排泄物などから新素材を抽出する装置。


 アリシアは特に、新素材抽出装置に視線を向けている。


「マロンが生み出した物が、ちゃんと形になるか。私は楽しみだ」


 マロンとは、アリシアが飼育を始めたメスのウルフベアの名前だ。


 この三ヶ月、アリシアはマロンを通して魔物の飼育をノウハウを学んでくれている。


 抽出された新素材は、麦粒や米粒のような大きさに細かく刻んで保管されている。


「あの、ショウさん……。やるなら、ひと思いにやってください。ドキドキのまま待つのは、つらいです」


 ソフィアのうるうるした瞳で見つめられて、おれは苦笑しつつ謝る。


「ごめんごめん。おれも緊張してて」


 深呼吸のあと、装置の安全装置を外して、魔力石と魔力回路を接続する。


 装置が起動する重低音が響く。


 まず装置の右側に取り付けられた太く頑丈な円筒の中で、魔力が渦を巻く。


 その渦は、円筒の右端上部に取り付けられたタンクから、新素材の粒を円筒内に取り込んでいく。


 円筒は一定の温度に加熱されている。魔力の渦に巻き込まれた新素材の粒たちは、高熱と渦による圧縮で融かされながら、円筒の左端へと集められていく。


 円筒の左先端は円錐状になっており、中央に穴が開いている。


 その穴からまず熱されたガスが吐き出され、続けて、融けた新素材がトロリと溢れる。


 魔物の分泌液に似た、不思議な匂いが漂ってくる。


「……よし、よく融けてる。ここまでは上手く行ってるぞ」


 新素材の特徴のひとつに、可塑性かそせいがあった。


 熱を加えれば融け、冷やせば固まる性質だ。


 融けた状態で、型などに流し込めば任意の形で固めることができる。


 その点は金属も同じだが、新素材は融ける温度が金属より遥かに低い。理論上、金属製品を鋳造するより楽で、早く仕上げることができる。


 だが一方で、発火点も低いため、普通の溶鉱炉で融かそうとしても上手くいかず燃えてしまう。一定の量を安定して融かすことは課題のひとつだった。


 それはたった今クリアした。


「次……次です……」


 ソフィアはぎゅっと拳を握って、食い入るように装置を見つめる。


 装置は次の段階に移り、円筒が左へ動いていく。


 その先には、金型が搭載されている。


 鋳造で使う鋳型と違い、凸形状の型と凹形状の型が組み合わさった金型だ。ふたつで、ひとつの製品形状を構成している。


 円筒の左先端が金型に接合される。金型側にも、円筒と同じく穴が開いている。


 次の瞬間、円筒側から「ビュゥン!」という音と共に、融けた新素材が金型の内部に射出された。


 さらに数秒間、融けた素材を金型に押し込み続ける。


「……そう、そう……。いい感じ。いい感じだよね? ね?」


 ノエルは誰にともなく喋り続ける。


 実際、いい感じだと思う。


 融けた新素材は粘り気が強く、融けた金属のように型に流し込むのは容易ではなかった。すぐ冷えて硬化してしまうのも、その難易度を高めていた。


 そこで考えたのが、高速でかつ高圧力で、金型の中へ射出するこの方法だ。


「次でいよいよ最後だな……」


 アリシアは固唾を飲んで金型を注視する。


 それからおよそ二十秒。


 新素材が冷えて固まるまでの時間が経ってから、金型の凹側が装置に引っ張られ、一組の金型がふたつに分割される。


 充分に開いた凹と凸。その凹型側に、新素材が形になって固まっていた。


 ごく単純な、取っ手のないコップの形。


 凹型に搭載された取り出し機構が働き、コップは金型から外れた。ころり、と床に落ちる。


「よし! 出来たぞ!」


 そして凹と凸は再び閉まって、ひとつになる。


 冷却待ちの間に、円筒には次の新素材が充填されており、すぐさま射出された。


 あとは、同じことが繰り返される。


 その間におれは、床に落ちたコップを拾い上げる。


 少し熱いが、しっかりと形になっていた。


 もっとも、射出口から製品形状までに、新素材の通り道があるため、コップの底に細長い円錐がくっついてしまっている。そこはあとで切ればいい。


「成功だ……! やった! 大成功だ!」


 まずソフィアにコップを手渡す。


「はい! やりました、ショウさ――わ」


 おれは喜びのままソフィアを抱き上げ、その場でくるくる回ってしまう。


「あははは! やった! やったよ、ソフィア! 出来たんだ! ありがとう! みんなありがとう! おれひとりじゃできなかった! みんながいてくれたからできたんだ!」


 装置はそのまま、何個も何個も、同じコップを作り続けていた。





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