第30話 番外編③ 無知なる者の先走り
「ジェイク! あなた、なんてことしてくれたの!」
「うぉい、怒るなよ。喜ぶところだろ、ここは」
ラウラに詰め寄られるも、ジェイクはへらへらと半笑いを返す。
「いや、笑えないぞ、ジェイク。どうしたんだ、これ」
エルウッドは呆れた顔で、建物の中をきょろきょろしている。
「なんだよ、俺たちの工房が気に入らねえのかよ。どうせ使わねえだろうけど道具は揃ってるし、設備もまだまだ使える。結構広くて、奥には寝室もあるんだぜ」
大都市リングルベンの一角にて、ジェイクは自らが購入した工房に、ラウラとエルウッドを案内してきたところだった。
「建物自体に文句はないわよ。工房を持つっていうのも、シオンの遺言だからわかる。でもあなたねえ! なんであたしたちに相談もなく、パーティの資金を使い尽くしてるのよ!」
「だからそう怒るなよ、黙ってたのは驚かせて喜ばせたかったからだよ。だいたい、パーティリーダーは俺だろ、俺の判断で金を使うのは悪いことじゃないはずだぜ」
ジェイクの言に、エルウッドが疑問を呈する。
「こんな立派な工房買えるほど貯金あったか?」
ラウラはハッとして、ジェイクを睨みつける。
「あんた、まさか借金まで……!」
「心配いらねえよ、俺には【クラフト】があるんだぜ! 高級装備をガンガン作って、借金なんざすぐ完済してやるよ」
「あなた、本当にバカなの!? シオンみたいに使えないくせに、それで稼げるわけないじゃない!」
「バカじゃねえよ! あれから二ヶ月経ってるんだぜ、俺の今の【クラフト】がどれほどのもんか見せてやるよ!」
ジェイクは工房に放置されていた、鉄のインゴットに手をかざす。
以前、ナイフを作ろうと失敗したときより長く集中して、剣を造ろうとする。
やがて出来上がった鉄の剣を、ドヤ顔でラウラとエルウッドに見せつける。
「どうよ!」
「……まあ、前よりはマシなのかしら?」
エルウッドはその剣を受け取り、じっくり検分する。
「マシはマシだけど、その辺の鍛冶屋が打った剣と同じか、ちょい劣るぞ、これ」
「まあそう言うなって。ようやく俺に馴染んできたところなんだからよ。ここからだぜ、ここから。もうちょっと馴染ませりゃあ、伝説級とは行かなくても高級レベルの装備は作れるからよ」
「だったら、それができるようになってから工房を買おうって考えなかったの?」
ラウラは呆れてため息をつく。
「このレベルの物件にしちゃあ格安だったんでなぁ。これ以上ないチャンスだと思ってよ、他のやつに買われる前に買っといたんだ。いい判断だったろ?」
「先走りって言うのよ、それは……」
ラウラは怒る気力もないとばかりに肩を落とす。
「……ジェイク、試してもらっていいか?」
エルウッドは未だに観察していた剣をジェイクに返す。
「今度は、手甲を作ってみてくれよ」
「あん? 別にいいぜ」
ジェイクは剣に手をかざし、集中する。
やがて出来上がった手甲は、それはもう、ひどい出来だった。まずエルウッドの手には小さすぎる。仮に入ったとしても、手首や指を動かせる作りになっていない。手甲と呼ぶのも憚れるガラクタだった。
「なんだこりゃ、おかしいな。馴染んできてるはずなのによ……」
「なあ、オレはバカだから的外れなことを言うかもしれないんだが……」
「なんだ?」
「その【クラフト】って、使い手が作り方をわかってる物しか作れないんじゃないか?」
確かにジェイクは、メイン武器が剣なのもあって、手入れや修理くらいは自分でやれる。粗悪品でも良ければ、一から形にすることもできるだろう。一方で、手甲などどう作ればいいのか見当もつかない。
けれどジェイクは、エルウッドの言葉を一笑に付した。
「はははっ、そりゃねえよ。ならシオンが作った、俺の
「そうか……。そうなのかもな……」
エルウッドは納得していないようだが、否定もできないようだ。
「でもよ、いい線いってるんじゃねえか? そういやシオンも、メイン武器の槍を作るのが一番得意だったろ。きっと【クラフト】は使い手の得意武器から馴染んでいくんだよ」
ラウラは大きなため息をついた。
「【クラフト】について検討するのもいいけど、今は、どうやって借金を返していくか検討しましょう。【クラフト】がまだアテにならないのは事実なんだから」
「なあに、いざとなったら冒険者ギルドの依頼を受けりゃあいいんだよ」
「冒険者を辞めるからって工房を買ったのに、その借金を返すために冒険者やるんじゃ、あべこべなの。わかってる?」
「わかってるわかってる。とりあえず出来が悪くても売り物は作らねえとな。明日からやるから、お前らもちゃんと手伝えよな」
ジェイクは奥へ引っ込み、ラウラもそれに続く。
ひとり、エルウッドだけは未だに首を傾げていた。
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