第10話 バレたら仕方ないな

 おれとソフィアは、バネッサと別れて鍛冶屋へ向かった。さっそく使える道具を見定めながら、剣をどう直すのか打ち合わせを始める。


「刀身は錆がひどい。研ぐより打ち直したほうがいいけど、かなり絶妙な加減が必要になる。おれには無理だ。任せてもいいかい」


「はい、お任せください。その前に、形と装飾をスケッチします」


「柄頭の紋章はおれが磨いてみる。形がはっきりしたらこれもスケッチするから、あとで新造しよう」


「あんたたち本当に今からやるのか。今晩はやり過ごして、明日の朝から作業すれば、夜には修復した剣を返してやれるだろう?」


 鍛冶屋が準備を手伝いつつ、不安げに尋ねてくる。


「今晩をやり過ごせる保証がないんだ。この手のゴーストは、日毎に攻撃性を増していく。昨日まで死人が出なかったものが、翌日には住民全滅なんて話もある」


 鍛冶屋は「ひぃ」と小さく悲鳴を上げた。


「なんてこった。それならオレも本腰を入れるしかない。柄頭の新造は任せてくれ」


「ああ、よろしく頼む。けど鍔のほうはどうする? 元の形がわからないけど」


「そちらもわたしが引き受けます。ご主人は、材料の用意をお願いします。これは銀です」


「わかった。なら材料と一緒に木炭も持ってくる。水も汲んでこないとな」


 一旦鍛冶屋は席を立つ。


 続いておれとソフィアは協力して、剣を刀身とその他の部品とに分解していく。


 おれは頭でわかっていても手の動きが追いつかないが、ソフィアは動きによどみがない。見ていて頼もしい。


 さっそくおれは柄頭の紋章を磨き始める。


 そうして夕方から始めた突貫作業は、深夜にまでおよび――


 ――どこだ……。


 ――剣は、どこだ……。


 ――返せ。


 どこからともなく、不気味な声が響き始める。


「……来た」


 おれは作業の手を止め、続きを鍛冶屋に引き継ぐ。


「ソフィア、おれは足止めに行く。残りの作業を任せることになるけど、大丈夫かい?」


「大丈夫です。それよりショウさんも、お気をつけて」


「心配いらないよ。これでも元はS級パーティの一員だからね」


 おれは売りに出す予定だった自作の鎧を身に着け、外へ出た。


 武器は必要ない。どうせあっても役に立たない。


 カンカンキンキンといった金属を加工する音を背中に聞きながら、月のない闇夜を行く。


 声のするほうへ向かえば、そこには黒い重装騎士がいた。


 半透明で、陽炎のように揺らめいている。


「迷える騎士の魂よ。おれは冒険者のショウ。なぜ夜な夜な現れ、人々の生活を脅かすのか、理由をお聞きしたい」


「私は愛剣を探している。我が墓所より賊が持ち出した物だ。この町の者どもは愚かにも賊の隠しだてをするので成敗している」


 凄いな。ここまでハッキリ会話できるとは。


 かなり自我が強い。相当強力なゴーストだ。バネッサは少なくともB級と言っていたが、おれの見立てではA級。まともにやりあっても勝ち目はない。


 もともとやりあう気はない。会話で時間を稼ぐ作戦だ。


「力になれるかもしれない。剣の特徴を教えて欲しい」


 ゴーストは自分の胸当ての上部を指さした。紋章が刻まれている。


「我が一族の紋章が柄頭に刻まれている。鍔は銀で細工された、華麗なものだ」


 その紋章は、やはり、あの古剣にあったものと同じだった。


「よくわかった。明日にも探し出して必ずここへ持ってくる。今夜はお引取り願いたい」


「それには及ばん。剣の気配なら感じ取れる」


 提案に乗ってくれれば楽だったが、そう簡単にはいかないらしい。


 頑固者め。


 ショウを無視して鍛冶屋のほうへ行こうとするのを、先回りして阻止する。


「その気配を辿っても、今まで見つからなかったのだろう。別の方法を考えるべきだ」


「その通りだ。気配のもとへ貴様も来い。貴様が探せ」


「それではダメだ。結局気配に頼ってる。もっと他の、敢えて反対方向を探すといった工夫も必要だと思うが」


「お前は、私を逆方向に連れていきたいのか」


「違う。提案しているだけだ。本気で探すために」


 鍛冶屋のほうから聞こえていた加工音のひとつが鳴り止む。


 作業のひとつが終わったのだ。おそらく進行具合からして刀身への装飾彫り。となればあとは、鍔の銀細工を仕上げて、組み立てればいい。


 完成までもう少し。


 そう思って気が緩んだ。


 つい、鍛冶屋のある方向に一瞬目を向けてしまう。


 次の瞬間、ゴーストはおれの懐に入り込んでいた。


「貴様、剣の在り処を知っていて騙そうとしているな」


 ゴーストの右手が胸元に当てられる。


「――うぐあ!?」


 おれの体は軽々と跳ね飛ばされていた。


 かろうじて受け身を取るが、衝撃は殺しきれず、地面を転がる。


 ここまで物理的に干渉できるとは、凄まじい霊気だ。


「ほう、悪くない鎧だ。それが無ければ死んでいたぞ」


 見れば、鎧の胸のあたりに亀裂が入ってしまっている。


 せっかく手元に残った装備なのに……。


 いや、どうでもいいか。また作ればいい。


 おれは大きく息をついて立ち上がる。


「バレたら仕方ないな。そうだよ。あなたの探している剣は、おれたちが預かっている」

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