うさだるま



0.

誰も気づかないし、誰も気にも留めない。だけど常に「そこ」にある。皆んな生きるのに必死なんだ。死んだやつには構ってられない。


1.

暗い学校廊下。俺は残業終わりに懐中電灯片手に見回りをしていた。電気がついていないか、怪しい奴がいないか、鍵が空いている所はないか、そういう事を最後の人が確認する規則になっている。先輩の先生達はとっくに帰って行き、時計はもう10時を回っている。なので当たり前だが生徒などとっくに帰っていてもう居ない。完全な静寂だった。こうも静かだと考えたく無い事を思い出してしまう。


「俺って教師向いてないのかなぁ」


というのも、教師にやっとの思いでなれて今年初めてクラスを担任した。

その時はやる気に溢れていたと思う。

それから、自分なりに生徒に寄り添ったいい先生になろうと頑張った。

子供の時から勉強ばっかで、あまり友人ができた事のない自分だがやろうと思えば他人とも仲良くできると思っていた。

しかし、結果は、生徒と仲良くなれなかった。

「やればできる」という考えは思い込みにすぎなかった。

何をやっても空回りするだけ。どんどんどんどん嫌われていってる気がする。


「ハァァァァァ」


デカいため息が意識しなくても出てくる。

気づいたら12月である。

二学期ももう終わりだ。

授業中は誰も手を挙げてくれないし、あだ名なんてない。

陰口は沢山あるかもな。

冬の廊下の寒さは堪える。


「何がいけなかったんだろう?」


顎に手を当てて天井を睨む。

ユーモアがないとかだろうか?それとも単純に顔が良くないとか?考え方が古いとも言われたな。別にまだオッサンと呼ばれる年でもないのだが。

特に心にキたのは、裏で「あの先生、授業も話もつまらん」と言われてるのを知った時だった。俺は涙が出そうだった。というか、職員用トイレで泣いた。

思春期の子たちの気持ちはよく分からない。

、、、よく分からない。

悲しい事はもう一つある。

職員室でも俺の立場があんまり良くないことだ。

地方公務員はいつも人員不足らしく、俺には同期と言える先生はいない。

しかも、どの先生も自分より上の世代で話についていけなくてきまずいのだ。

新歓の飲み会で先輩の男教師がからんできてくれたのだが、何を話したらいいか分からず、とても楽しめる気持ちではなかった。

あーあ。

憧れの仕事だったはずなのに上手くいかない。

老朽化した廊下は窓が閉まっていても隙間風が寒い。

再度時計をみると10時半を回っている。

こんな遅くまでいるつもりじゃなかったのに、テスト作成に時間を食われた。

生徒達も嫌だろうが先生達も嫌なイベントなのだ。

誰が好き好んで長い問題を作ると言うんだ?

生徒達と違ってテストが終わっても丸つけという地獄の作業もまっている事のだ。

見回りを早く終わらせて仕事を切り上げよう。

外はもう真っ暗だ。

電気を消しながら、戸締りの確認をしていく。

明かりが消えて、影が広がるのは、少しづつ自分の陣地が減っていくような感覚だ。

しかし学生の頃も思っていたがやっぱり夜の学校には「なにか」が出そうな雰囲気がある。


「ゴクリ」


恐怖で生唾を飲み込む。この学校でなにか出た事例などないし、七不思議とかも今は廃れた文化だという。

それでも、心なしか「なにか」が出るような気がして五感が鋭くなる。

先程、聞こえなかった風の通る音や時計の秒針が進む音が大きくはっきりと聞こえる。

、、、ん?

異臭がする。

物が腐った臭いだ。

トイレ、、、ではない。

そもそもトイレはかなり遠い。

なのでいくら臭くてもここまで、臭いがすることはないのだ。

となると、ロッカーだろう。

廊下にずらりと並んでいるロッカーを見る。

前も使われていないロッカーにレタスやキャベツを入れて遊んでいたヤツがいた。

あれ後片付け誰がしたと思ってるんだ?

一番新人の俺だろうが。

「どうせ腐ったものが見つかったら片付けるのは俺なんだ。」と思いロッカーに近づく。

スンスンと嗅ぐとすぐに原因のロッカーが分かった。

並んでいるロッカーの最後部の方。一番端の最下段。

番号を見ると43番と書かれている。

明らかにここから腐敗臭がする。

最近の学校で43番まであるクラスなんて滅多にないのでやはり使われていないのだろう。

鍵もかかっていない。

指をかけ、引くと、ギィという音を立ててロッカーが開く。


「え、」


ロッカーの中には頭が入っていた。

頭と言ってもおもちゃやなんかではない。

本物の長髪の女子の生首が入っている。

あまりの異常さに声も出せず見つめることしかできなかった。

頭は臭いとは裏腹に腐敗は進んでいるようには見えない。

端正な顔、綺麗な髪、透き通るほどの肌。

生きていれば誰もが振り向くような美女なのだろう。

その霧がかかったような瞳と目があったような気がした。

背筋が凍るほど美しいとはこういうことを言うのだろうか。

美しさよりも恐怖のほうが背筋を凍らせている気がしないでもないが。

しかし、目を合わせているとどんどん変な気持ちになってくる。

おかしい。

自分でもよく分からないが、なんとなくこのままにしておいた方がいい気がして来たのだ。

なんとなく「まあ、いいか」という気持ちが湧いてくる。

臭いももう気にならない。

どんどん緊張がほぐれていく。

警察への通報はせず、その日は仕事を終えた。


2.

俺は次の日、普通に何事もなく学校で仕事をしていた。

ただ、ふと頭によぎるのだ。

首が。

ただこれは恐怖ではない。昨日、見た瞬間にあったはずの恐怖は消えている。

俺は「アレが欲しい。」

そう思うようになっていたのだ。


「先生。なにボッーとしてるんですか?」


首の事を考えていると、山中が話しかけてきた。彼女は俺が担任のクラスの委員長をしていて、黒髪ポニーテイルで眼鏡女子。まるでこれぞ委員長!と言ったような外見である。数少ない俺に嫌悪感剥き出しで喋らない生徒の1人だ。


「ああ、すまない。ちょっと考えごとをしていた。なにかな?」

「前の授業、分からない所があって、ここなんですけど」


山中はそう言って、ノートを開き、問題を指差して俺に見せてくる。

その際、ノートを覗き込むような姿勢に山中はなった。息がかかりそうなくらいの近さで山中の首筋が見える。

俺は問題よりも山中の首筋に目を奪われていた。


「先生?聞いてます?」


山中の声が聞こえて「ハッ」とした。

名誉の為弁明させてもらうが、いつもはこんな事はないのだ。


「すまん、山中。先生、ちょっと体調が悪いかもしれない。また明日にしてくれないか?」


俺はこのままだとおかしくなると思い、嘘をついた。山中は「そうなんですね、お大事にしてくださいね」と言い、離れていった。

実際、おかしいのは事実だ。

頭の中でずっと、首、首、首。絶え間なく流れている。欲しくてたまらないのだ。

俺はあえて、今日も残業をして首を見に行く事にした。幸い、仲のいい先輩など居ないので、簡単に1人で学校に残る事が出来た。

1人になったのを確認して、俺は昨日見たロッカー。43番のロッカーへ向けて走る。昨日感じた恐怖などない。あるのは首に対する「欲」だけだった。

あと少し、もう少しで首に出会える。そう考えただけで心が躍る気分だ。目は血走り、口からは涎が止まらない。それほどに渇望している。


「え?」


違和感があった。それも、近づけば近づくほど違和感は強くなっている。

それがなにか俺は分かっていた。

臭いだ。

臭いがなくなっている。昨日までそこにあった、あたりに立ち込めていた腐敗臭がまるで感じられない。鼻が詰まっているのかとなんども鼻を「スンスン」と鳴らしているうちに、43番のロッカーの前に来てしまっていた。

指をかけ、「ガチャン!」と勢いよくあける。

だがそこには何も入っていなかった。

なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?!

俺は欲しかった、望んでいたものがなかった事に酷く動揺した。

隣のロッカーも開けてみるがそこには何もない。

当然、他のロッカーにも首は入っていなかった。

昨日見た首は夢や幻だったのだろうか。

あの綺麗な首をもう一度。もう一度でいいから見たい。

俺はそう思うようになった。


3.

「山中ー、ちょっといいかな?へへ、ちょっと帰りの会が終わった後、来てくれないかぁ?」

「先生?なんか顔色悪いですけどなんかありましたか?」

「いいからいいから、で、これるの?」

「あ、行けますけど、、、どんな要件ですか?」

「へへ、いいからいいから。後で話すからさぁ」


その日は雨が降っていた。俺は多目的室にやってきた山中を押し倒し、薬品を吸わせ、気絶させた。そして、倉庫から取り出してきた、植え込みを切り揃える為のナタを山中の白く、美しい首筋に振り下ろす。

「ガリッ」という音と共に、鮮血が飛び散る。骨が邪魔で上手く切れなかったようだ。


「ガッ、ガッ、ガッ、ガッ」


多目的室に骨を叩き切る音が響く。

暫くして音は止み、山中は首と胴が分かれた。

俺は、嬉しかった。俺の、俺だけ首が手に入ったんだ。喜びのあまり、小躍りしてしまいそうだった。

口角は上がり、鼓動は高まり、呼吸は速くなる。

俺は山中の首を舐めてみた。濃い鉄の味がした。

俺は満たされた気分でいっぱいだった。

しかし、ふと、「足らない。これでは足らない。」そんな気分に陥った。

なぜだ?ここまでやったのに、何が足りない?

一体何が足りないんだ?

そうか。ロッカーに入ってないからだ。

俺が欲しかったのは、あのロッカーに入っていた「首」なんだ。

俺はあの43番のロッカーを目指し、山中を持って走った。ボトボトと山中から血が垂れてきていたが構わなかった。

階段を登り、廊下を駆け抜けて、43番ロッカーに到達した。

そして、その中に山中の首を入れてみる。

これだ。そう思った。

あの日見たものはこれだ。

俺は納得した。

その後、先輩教師がやってきて、俺を取り押さえて、警察もすぐにやってきた。

俺はどうなってしまうのかな、アハハ。



「なあ、俺たち二週間くらい捜索を続けているのになんで見つからないんだ?」

「そうですね。何処にいったんでしょうね、被害者の「首」は。」


4.

「あーあ。あの先生、面談長すぎんだよ。ダルっ!」


辺りはもう日が沈みかけている。


「はよ、かーえろ。ん?なんだこれ?」


他のクラスのロッカーから黒い髪のようなものがはみ出ている。文化祭でつかったりしたカツラとかだろうか?鍵はしまっていない。


「、、、あけてみようかな。」


(完)


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