剣の世界の物語
芋メガネ
盾と剣 〜二人の騎士の出会い〜
曇天が空を覆う。降り頻る雨は視界のみならず、彼らの体温と集中力を削ぎ落とす。
木々に囲まれた街道での奇襲。決して警戒を怠ったわけではない。だが、敵の方が一枚上手だった。
愛馬に跨がる彼、エジター=アイディールの背には倒れた馬車と、守るべき人々。眼前には群れをなす武器を構えし蛮族と、邪教に心を染め上げられた人間たち。
「戦える奴は武器を取れ!!」
「ハッ、冒険者だろうが不意打ちにあっちゃたまんねえよなぁ!」
敵の数は五体。人間の魔道士が一人に、ミノタウロスキャスターが一体。残りは防具に身を固めた剣士と拳闘士に、銃士。対してこちらは術師が一人に、弓士が一人だけ。
他は皆、初手の奇襲にやられ立ち上がることが精一杯だ。加えてこちらは守りながら戦わなければならない。
数多を守り続けてきた元神官騎士の彼から見ても、この戦力差は圧倒的だ。
「降伏すれば、我々とて悪いようにはしない。貴様とて無用に命を散らしたくはないだろう」
「悪いが、蛮族と手を組むような人間の言葉は信用できないんでね」
相手が相手なら降伏も選択肢に上がったが、邪教徒が相手ならば捕らえられた後に何をされるか分かったものではない。
故にこの場で彼が取れる選択肢は徹底抗戦のみ。
「それじゃあ仕方ねえ。さっさと死になァ!」
眼前のミノタウロスが魔術を唱える。手にする剣を起点として火球が生まれ、その熱はこの雨空の中でも伝播する。
————守り切れない。
そう、直感が告げる。たとえ自分一人が盾になったとしても、その次がない。
だからこそ思考を止めてはならない。必死に生きる術を、次に繋ぐ策を。
けれど、無慈悲にその火球は彼らの方に飛んで。
「っ……!」
その熱はその肌を焼き、その骨さえも焦がさんと襲い掛かる。
それでもエジターは咄嗟に構え、立ち塞がる。自分が倒れようとも仲間を、無辜の人々を護らんと。
それが、眼前まで迫ったその時。彼は驚くべき光景を目にする。
雨粒が彼の眼前に集う。それは即座に殻のように形を成して、彼と火球の間を遮るようにして————
「な、何をしやがってテメェ!?」
熱と共に、炎が散って消えていく。わずか一瞬煙が上がるのみで、彼に傷は一つとなく。
そして煙が消えるよりも早く、後方から蹄の音が聞こえてくる。それは直ぐに近い音となり、彼の横を黒き影が通り抜ける。
「な、なんだ貴————」
そのまま眼前の邪教徒が何か言葉を発するよりも早く、一振りの長剣が彼ら五人を薙ぎ払う。
体躯は軽々しく吹き飛ばされ、血飛沫が雨に滲む。狂信者らは全員が地に臥して、よく見れば腕や臓物が地に落ちてることも確認できた。
そして黒馬に跨りし黒髪の、頭部からは角の生えた青年は慣れた手つきで刃に付着した血を振り払った。
「テメェ……ウィークリングの癖に人間に肩を入れるのか?」
「悪いが俺は人に味方することを決めた身だ。貴様らとは相容れん」
同じ蛮族であるはずなのに、彼は眼前の巨躯に対して剣先を向ける。明確な宣戦布告として。
そして一度、彼の方を向き。
「間に合ったみたいで何よりだ。貴方は彼らを守ることに専念してほしい」
「お前は、どうするつもりだ!?」
「俺は奴の注意を引く」
「蛮族なのに……人に味方してくれる……のか……?」
思わず、問いかけてしまった。先の彼を見れば、そんなこと必要は無かったはずなのに。
それでも彼は、笑って。
「ああ。俺は貴方達に手を貸そう」
そのまま剣を構え、飛沫を上げながら愛馬と共に駆け出した。
※
「行けるか、ペシュヴァーツ」
身の丈と同じ長さの剣を片手で握り、片手で手綱を操る。ペシュヴァーツは鼻を鳴らして彼に答える。
組んで一年足らず。息がまだ完全に合うわけではないが、少なくとも死地はそれなりに二人で乗り越えてきた。
だが恐らくこの戦闘は、彼らにとってその中でも最たるものになる。
「半端者が邪魔すんじゃねえ!!」
剣を振り払うミノタウロス。狙いは青年ではなく、その愛馬たるペシュヴァーツ。
「跳べ!!」
タイミングよく跳躍。剣の腹を蹄で蹴り付け、そのまま彼の剣が額に傷を刻む。
「ってえなぁ!」
返り血を浴びる、と同時返す刃が彼に迫る。着地と同時にペシュヴァーツは地面を蹴り進もうとして、ぬかるんだ地面にその足を取られる。
「くっ……!」
受け止めんと、咄嗟に魔力の障壁を繰り出す。が、彼の守りでは刃を止め切ることはできずその守りも砕かれる。
掠めた刃が鎧に弾かれ、されど体勢を崩しかける程には身体を揺らされる。
そして先の防御で自信の魔力も枯渇したことを認識して。
「……さて、ここからどこまで保たせられるかの勝負といったところか」
「ハッ、テメェなんざさっさと殺してこの場にいるやつ、皆殺しにしてやるよ!!」
再度駆け出し、刃を交える。鈍く重く、鋼と鋼がぶつかり合う。火花は散れど、それはすぐに雨空へと霧散した。
※
曇天の空に響く金属のぶつかり合う音。鈍くも甲高く、雨さえも掻き分けてあたり一帯に鳴り響く。
「あ、ありがとうございます……」
「礼は無事に送り届けてから聞くから、急げ!!」
エジターは横転した馬車より婦人の手を掴み、そのまま仲間にその人を預け渡す。そして中を見て、誰もいない事を確認して。
「これで全員だ!!」
「よし、奴が戦っている間に行くぞ!!」
一斉に馬車という馬車が、いななきと共に動き出す。
エジターもその手綱を握り、ハルールと共に駆け出す馬車に続かんとした。
————ふと、その視界の端に彼が映った。
たった一人、その巨躯に立ち向かう彼。
蛮族でありながら人を守るためと剣をその手に、彼は躊躇う事なく駆け出した。
そんな彼は、未だ倒れる事なく戦い続けている。このままでは長くはもたないときっと彼もわかってるはずなのに、なのに彼は戦い続けて。
そんな彼を視界から振り払おうと、今一度手綱を振り上げる。けれど、振り上げたままのその腕は下ろせず。
自身が鎖に囚われたような、そんな感覚さえもした。
————それで、いいのか?
瞬間、声、二つ。重なって聞こえる。
一つは苦楽を共にしてきた、相棒から。
もう一つは聞き覚えのない……いや、本当は誰よりも聞いた声。
あの日の自分が、そう問いかけてくる。
雨粒が一つか二つ落ちるほどの長い時間の逡巡。
けれど、この迷いこそが答えだと彼は分かっていたから。相棒もそれが彼の本心だと理解していたから。
いななき一つ。一騎と一人、迷いの全てを捨てて、雨にぬかるんだ地面を蹴り出した。
※
「おいおい、そろそろジリ貧じゃあねぇのか!?」
「っ……!」
火球が飛ぶ。黒馬と彼を目掛け、一つ二つとその動きを縫うように。
普段ならばその剛脚をもって容易く回避ができるだろうが、ぬかるんだ地面に足を取られて思うようにその機動力を発揮することはできず。
咄嗟に片手で魔晶石を砕き、水の壁をもってしてその熱を沈め込む。
だが、それにも限りがあって。
「今ので全て使い切ったか……」
想像以上の消耗。決して慢心したわけではないが雨や連携不足、小さな要因が複数重なることで不利な状況に陥っている。戦い慣れた彼だからこそ、それが余計に感じられもどかしくも感じる。
けれど、後方でいななきが聞こえた。雨に濡れた土のせいで蹄の音は確かには聞こえないが、彼らが動き出したのは確かなのだろう。
ならば、足止めの役目は果たした。
ここから先は何に気を留めるでもなく、ただいつも通りに剣を振るえばいい。
「もう少しだけ行けるな、ペシュヴァーツ」
その問いには自慢げに彼も鼻を鳴らして、ウィークリングの彼も再び両手で剣を握る。
「話は終わったか、出来損ない!!」
眼前のミノタウロスは剣に魔力を集める。先ほどよりも大きな火球。確実に仕留めるためだと彼なら一目で理解した。
ならば、一撃耐えれば良い。その隙に渾身の一撃を叩き込む。そう彼が思考し、駆け出さんとした。
瞬間、彼の横を一つの影が通り過ぎる。いや、彼とミノタウロスを遮るように躍り出て。
「させるか……!!」
「テメェは……!?」
火球が空を焼き、されどその鋼鉄の盾が弾いて熱が散っていく。
そして彼は、穏やかに笑う。
「足止め感謝するよ黒騎士殿。というか、生きてて何よりだ」
「貴方は……どうして……!?」
驚きを隠せない彼、それにはエジターは相変わらず笑みを浮かべたまま。
「馬車の方は俺がいなくとも大丈夫だ。なら、お前さんを助けるのが騎士としての矜持だろう?」
それはお前がしたように、とは口にはせず。けれどその意思は確かに伝わって。
「協力、感謝します」
「それはこっちのセリフだ」
二人、武器を構える。二頭、蹄を並べる。相対するは身の丈を遥かに超える強敵。
されど彼らは臆する事もなく、躊躇う事も一気に駆け出す。
「雑魚が一人増えようが変わらねえ……殺してやらぁ!!」
魔力を練り、それを彼らへと飛ばす。だが、そのどちらも彼らを止めるには至らず。
「いくぞ、黒騎士……!」
「ああ……!」
二人の騎士が、今その巨躯へと飛び込んだ。
「まとめて殺してやるよ!!」
振り薙ぐ大剣。鋼そのものを叩きつけるように、されど正確に彼らの胴体目掛け刃が飛んで。
「ペシュ!!」
「ハルール!!」
跳躍、同時。二つの騎馬が宙に舞う。一人は既に剣を構えて、そのまま懐に飛び込み剣を薙ぐ。
「そいつはさっきも喰らってんだよォ!!」
黒騎士の跳躍の先に拳を放つミノタウロス。だが今の彼らは一人にあらず。
「そうかい。それは俺にも見えてるんだよ!」
「っ……!」
わずかに強く跳躍したエジターとハルールは彼の前に躍り出て、大盾でその拳をいなし受け流す。
「助かる……!」
「構わない……いけ!!」
そのまま着地、と同時に加速。黒騎士の両手剣は真っ直ぐと、ブレる事なくミノタウロスの胴体を貫く。
「ってえなぁ……このクソが!!」
それは肉を裂き抉り、止めどなく彼よりを奪うが、痛みが彼を止めることはなくそのまま刀身を掴む。
「ぐっ……!?」
怪力をもってして投げ飛ばされんとして、黒騎士は即座に剣から手を離す。反撃からは逃れるが、剣はその体躯に囚われる。
「ちょこまかちょこまかとよぉ……」
そして反転するのも束の間。
「うざってえんだよおおおお!!」
始まるは魔力の収束。炎ではなく、雷の力。
「あれは……マズい……!」
黒騎士はその魔力量を肌で感じ取り、僅かに彼も身構えてしまう。
だが彼、エジター・アイディールは冷静にその脅威に目を向けて。
「黒騎士。お前はあれを凌ぎさえすれば奴を倒すのは可能だな?」
「ああ。あそこまで傷を負った奴ならば、こちらでも事足りるはずだ」
彼の提案に頷きながら、黒騎士は波打つ刀身を持つ、フランベルジュをその手にする。
それを見、聞けば、彼はこの状況でも笑いながら前を向いて。
「なら一発デカいのを頼むぞ、黒騎士?」
「……分かった。期待には応えて見せよう」
彼もつられるように笑みを浮かべる。そしてそのまま再度手綱で相棒に指示を出す。
泥を勢いよく跳ね上げ、それさえも雨に紛れて落ちて消えて。
二人の騎士が、盾と剣をその手に真っ直ぐと駆け出した。
「ハッ、血迷ったか!?」
愚直なまでに、稲光を目指し直進。
雨風は勢いを増し、それは二人の進みを遮る。それでもなお、彼らはまっすぐ、縦に連なるように迷うことなく曇天の空の下を駆け抜ける。
「いけるな、ハルール」
彼の呼びかけ、それに愛馬は静かに鼻を鳴らしてより一層地面を強く蹴る。
光は一層増して、それが彼らの命を奪う為に繰り出されたのだと強くその目に焼き付ける。
それを目の当たりにしても速度を落とすことなく、躱す素振りすら見せず。
そして光が瞬いた、その瞬間————
————後悔があった。
規律に、縛られ教えを見失い、守ることが何かさえも分からなくなった。それを理由に冒険者となり、まだ答えは見つかっていない。
けれど、今この時だけは違った。
ほんの少し、ほんの少しだけ答えが見えた気がした。
きっとこれからの旅路で分かるのだろう。
蛮族でありながら、人の為にと剣を振るった彼のように。
何に囚われることなく、誰かを守るために盾として在れるのだろう。
だから今は、ただ————
————雷撃。
一瞬にして身体を走り抜ける雷。体の至る所が焼けるように痛み、一瞬視界が暗転した。
愛馬たる彼も僅かに地を蹴るその力が緩んで、その身体も揺らいだように見えた。
だが、それも一瞬。
「な、に……!?」
「こんなものじゃ……俺たちを止められないよな……ハルール……!!」
僅かたりともその速度を落とすことはない。命に至る一撃だったとしても、彼らを止めるには足らず。
ただ守る、それだけに徹した彼を斃すにその威力は余りにも足りなかった。
そして彼が切り拓いたその道は————
「いけ……黒騎士……!!」
「任された……!!」
今、彼が進む道となった。
蹄の音、二つ。雨に風に、雷の音。
無数の音が響く中で一つ、軽やかに何かが蹴り出す音が鳴る。
上を見れば黒き鎧を纏った彼が、力強く跳躍する姿。
そして彼が手にする、焔を模した両手剣。己に残された魔力を全てその刃に注ぎ込む。
それは黄金に輝き、狙い定めたその場所に光を差す。
「調子乗るなよ……この半端野郎がぁ!!」
ミノタウロスも即座に剣を返し、大きく振りかぶる。
この場の誰もが理解した。
この二人の刃が交錯するその時、この戦いは終わりを迎えると。この一瞬が全てだと。
そしてその時は、すぐに訪れた。
「っ……」
振り抜かれた大剣は黒騎士の鎧を砕き、その体躯から赤が滲む。
決して傷は浅くなく、着地の衝撃に彼の体が揺らいだ。
されど、それより遥か大きな揺らぎ。
「テ……メェ……!!」
その巨躯に刻まれた一文字の傷は深く、止めどなく赤が雨に混じって流れてゆく。
幾度の戦いを経た彼らならば、それが致命的だと感覚的に理解できた。
故に、勝敗は決した。結末はもう定まった。
どれだけ足掻こうがもはや終わりは変わらない。
「テメェだけでも……!」
それでもミノタウロスは己の命など要らぬと。いいや、その命の最後の使い道を道連れに選んだ。
そして地に足をつけたばかり、それも赤が流れ落ちる彼にそれを避ける術などありはしない。
たとえそうだとしても、彼は動じない。
彼は一人ではないと知っているから。
蹄の音が近づくことに気づいていたから。
「させるかよ……!」
「っ……!」
衝撃。
戦棍が、その体躯に突き刺さった刃の破片を打ち抜く。それはミノタウロスに残された最後の命さえも砕いて。
「クソ……が……」
その揺らぎは大きく、身を支えられなくなった巨躯は緩やかに地へとその身を落としていく。
そのまま地に伏して、全ての音が止まる。訪れる静寂が、彼らに戦いの終わりを告げる。
そして再び雨音と蹄の音が聞こえ出して、二人の意識は今へと戻る。
「立てるか?」
エジターはハルールより降りて、笑みと共に彼に手を差し出す。
「すまない。感謝する」
それには彼も笑顔で応じて、少しよろめきながらも立ち上がる。その間に彼の愛馬が黒騎士に寄り添った。
「さて、お前さんはこれからどうする?俺は先に行ったアイツらに合流するけれど」
にこやかに、暗に共に来ないかと彼は提案する。けど、彼は首を横に振る。
「俺はこのまま殿を務める。まだ奴らの仲間が潜んでいるかもしれない」
そう告げて彼は黒馬に跨り、再び剣を手にする。その動きに無駄はなく、まだ戦いは終わっていないと言わんばかりに。けれど彼の傷は決して浅くなく、それにもかかわらず彼は行こうとする。
「それなら一緒に来れば……!」
彼の引き止めにはもう一度首を横に振って。
「彼らは蛮族に襲われたんだ。蛮族の俺を見れば怯えてしまうだろう」
返り血を浴びた俺の姿を見れば余計に、なんて付け加える。
エジターも、彼自身が彼の境遇を理解しているのだとわかってしまった以上、彼を引き止められないと理解して。
「なら、街に着いたら必ず礼はさせてもらう」
「分かった。もしまた出会えたらその時は頼むよ」
二人、愛馬に跨りそのまま地を蹴る。
黒き影が二つ、曇天の空の下を走り出す。
互いの信念を胸に、それぞれの道へと。
決して振り返る事なく、真っ直ぐと駆け抜けていった————
※
ツマミを回すと共に降り注ぐ、熱い雨。冷えた体を温めて、体に付いた泥と血を洗い流す。
傷口に熱湯が沁みるが、痛みには慣れたせいであまり気にもならない。
むしろ蛮族を受け入れる宿だから冷水を覚悟していた分、何処か心地よさも感じていた。
ただそれよりも鮮明に、彼のことが記憶の中で甦る。
彼は、自分の命を省みずに人々の前に立ち塞がった。
己を盾にして、誰かの命を守ろうとした。
その生き方は俺が誰よりも憧れた騎士の在り方そのもの。それを、彼はそうあるのが当たり前と言わんばかりに貫き通した。
俺は、彼のようにはなれなかった。
俺は誰かのために敵を退け、この手を血で汚す剣でしか在れなかった。
だからこそ、彼の生き方に憧れさえも抱いた。
今はまだ剣なれど、いつか彼のように人を守る騎士になりたいと。
もしまた彼に会えたのであれば、きっと俺は俺の理想近づけるのだろう。
願わくばもう一度彼に会えたら、そんなことを思いながら湯を止めて、シャツに着替えて酒場へと戻る。
そしてそのまま席に着けば、即座にぶどう酒が提供される。
「なあ」
「ん、どうした?」
「俺はこれを頼んだ覚えはないんだが」
それには給仕もニヤリと笑って。
「あそこにいる奴からの奢り、だとよ」
その目線で、少し離れた席にいる彼の方を指す。
そしてそこに居たのは、あの時の騎士の彼。彼もこちらが気づいたことに気づけば笑みを浮かべながらこちらの席にやってくる。
「どうしてこの宿に?」
「なに、人を遠ざけるお前ならここに来ると思ってさ」
「いや、というよりは何でわざわざ……」
その問いには少し驚いたように。けれど、すぐに先ほどのような笑顔で。
「言っただろ?必ず礼はするって」
それには俺も少し呆気に取られて、そのまま思わず笑みをこぼしてしまう。
「いいのか?蛮族とこんなに仲良くして」
「恩人に人も蛮族も関係ないだろ?」
それこそお前がしたようにと、彼は続けて。
「教えてくれよ、お前のこと。酒の席で、お前とか黒騎士なんて呼ぶのも無粋だしさ」
ああ、彼はやっぱり————
何処となく友に、愛したその人に似た何かを感じた。
だから俺はこの口を、この心を開いて。
「リーベ・デナンド。さすらいの騎士見習いだ」
「エジター=アイディールだ。よろしくな!」
そのまま、杯を酌み交わす。今こうやって出会えたその喜びを奏でながら。
「それじゃあ、今日は俺の奢りだ。好きなだけ飲んでくれ」
「ありがたいんだが……まだ成人したばかりで飲み慣れてなくて……」
「え、ガタイもいいからてっきり俺より年上なのかと……」
これが、彼という騎士との出会い。
そして故郷より遠く離れたその場所で出会えた、生涯の友との旅の始まり。
盾と剣。二人の騎士として。
互いの黒馬と共に、新たに一歩踏み出す。
二人旅が四人旅に。うるさいほどに賑やかになるのは、もう少し先の話だ。
to be continued……
剣の世界の物語 芋メガネ @imo_megane
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