⑳

 クリルに戻り、この町の治療院へと、救出してきた人たちを運び込む。幸いにも、大きな怪我をしている人は居なかったが、捕まっていた人達は碌に食べていなかったようで、治療を受けると同時に、消化の良い食べ物を一瞬にして平らげていた。


 パールも大事には至っておらず、今はスヤスヤと眠っている。そこから、数日経ち、宿に居た俺達は、ある人物から呼び出された。


「助けていただいてありがとうございました」


 ベッドで上半身だけを起こし。俺に頭を下げる。


「いえ、無事で良かったです」

「娘から聞いていた通り、優秀な方なんですね」


 その人物とは、テローゾ副代表でもあり、マキュリーの母親でもあるマイアさんだった。マキュリーの茶色のくせ毛は、お母さん譲りだったのか。


「私一人の力ではありません。私のクランの冒険者、そして、ここに居る二人の助力があったからこそです」

「お二人にも感謝しかありません。ありがとうございます」


 改めて二人にもお礼を言う。呼ばれた時点で俺だけ行こうかとも思ったが、マイアさんが二人にも会いたいとの事だったので、付いて来て貰った。


「いやいや、オレ達がした事など大した事ではない。偶然が重なったに過ぎん。今は、体の事を心配した方がいい」

「お気遣い感謝します」


 本人も相当に衰弱していたと聞いていたが、それでもその事を少しも表に出さないのは凄い。流石は、テローゾの副代表だ。


「それで、お前達はどうして、あんな所に居たんだ?」


 俺が訊こうと思っていた事をアスタロトが質問する。


 彼女達を攫った連中は判っているが、それでも事の詳細を当事者の口から聞きたい。少しでも情報は多い方が良い。


 マイアさんもその事を話すつもりだったのか、軽く頷き、その事を語ってくれる。


「この町を出て、ローアを目指していた私達は、いきなり、そう突然に、黒いモノのような何かに襲われました。気を失う寸前に、仕入れた魔石の一つに付与魔法を施し、落としたのです。そして、目を覚ました時には、すでにあの場所に囚われておりました」


 その、おかげで、俺たちはあの場所を発見するに至ったわけだ。おそらく、その黒いモノは、遺人だ。


「じゃあ、黒いモノだけで、他の襲撃犯とかは見ていなんですね?」

「はい………ですが、捕まって少し経った時、私達の前に気味の悪い人物が現れました」

「気味の悪い人物?」


 彼女は頷く。


「『キミ達は運がなかったネ。実験に巻き込まれるだなんて。でも、せっかくだから、キミ達で別の実験をしたいのだけど、許可が出なくてネ。だから、少しだけ待っていておくレ』そう言うと、その人物は、嗤い始めました」

「その人物の特徴は判りますか?」

「もし、特徴を上げるとすれば、男性であること、喋り方からして間違いないと思います。そして、目についたのは顔です」

「顔?」


 大きな傷があったとか、そういう事だろうか。


「鳥の面を被っていました」


 マイアさんのその言葉に、俺達は一様に顔を見合わせた。なぜなら、俺達はその人物を良く知っている。


 その後、治療院の人が来て、面会はここまでとなり、俺達は部屋を後にした。そのまま、宿に戻った俺の部屋に、二人が来た。理由は判っている。


「バアル、どういう事か説明しろ」


 開口一番、アスタロトが訊いてくる。ナベリウスは何も言わないが、腕を組みながら見てくるナベリウスも同じ事を訊きたがっている。


「判った。まずは、ここまでの経緯を説明する。少し、長くなるぞ」

「要点をしっかりまとめて、簡潔にだ。お前の話は長い」


 一言多くないか? 要望通りに、俺なりに簡潔にまとめて話をする。スエラル国でのぢ機事、そして、俺がこの国に来た理由、すべてを。


「……そんな事になっているとは。あの時、リーダーが奴を倒したとばかり思っていたが」

「魂の剥離まで行うなど、誰も予想出来るはずがない。だが、これで、納得もいく。今回の一件にあの変態が関わっている理由がな」


 エピスメーテは、裏の住人パンドラーの一人だ。裏の住人がかつて猛威を振るっていた時のメンバーの一人で、リーダーがクロノルスを倒した時に、ほとんどの裏の住人のメンバーを倒したが、その中で討ち漏らし、消息を絶ったのが何人か居る。その中の一人が、エピスメーテ。人に害をなす魔道具を造り出す事に悦びを感じる、最悪の魔道具技術者だ。


「しかし、実験か」

「ああ、裏の住人が何かをしているのは間違いないが……アスタロト、俺とナベリウスと合流する前にあの場所を調べていたんだろ? 何か、判らないか?」


 実は、救出した人達を治療院へと送り届けた後、再度、俺達三人はあの場所へと戻ったのだが、見つけたのは、マイアさん達が運んでいた荷だと思われる物だけだった。だから、その前に単独で行動していたアスタロトに訊いてみた。

だが、俺の言葉に、首を横に振り否定する。


「めぼしい物は何もなかった。がっかりして、ナベリウスと合流しようとして、あの戦闘に巻き込まれた」

「そうか…」

「何にせよ。捕まった人達が無事で何よりだ。それに、荷の方も無事だったのだ。とりあえずは、良かったとするべきだろう」


 何か掴めればと思ったが、そうだな。ナベリウスの言う通り、マイアさん達を救出出来ただけでも良しとするべきか。


 この町には、ギルドは無いから、ここから近いローアのギルドに使いは出しているから、近い内に来るはずだ。


 事の詳細については、今は、伏せておくか。俺達の正体がバレる可能性もあるし、証拠の類も残っていない。


 裏の住人の真意が不明瞭な現状からすれば、ケイオン代表にも奴らの手が伸びかねない。今回のマイアさん達は、偶然巻き込まれた可能性が高い事は、あの変態の言動からも読み取れる。


 だけど、これからは念のために、テローゾに行く機会を増やそう。もちろん、商談も込みでだが。やる事が次から次へと増えていくな、本当に。


 これからも事に頭を悩ませていると、


「バアル、確認だが、お前は今、ウーラオリオの店は任されている、そうだな?」

「うん? ああ、一応はそうだな」


 アスタロトは、その言葉を聞くと、一人で頷くと、今度はナベリウスに視線を向ける。


「どうだ、ナベリウス」

「オレは構わんが、こればかりはバアルが決める事だ」


 えっ、何? 二人だけで判り合わないで欲しい、不安になる。


「安心しろ、断る理由がない」

「いや、何を?」


 何? 俺はこれから何を要求されるわけ?

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