③
「エイガスト。あなたの態度はいかがなものかと思います」
その声は、エイガストの後ろから聞こえた。エイガストと取り巻きが振り返り、俺もその声の主の方に目を向ける。
「ア、 アストレイア」
エイガストが震えた声でその人物の名前を呼ぶ。いつものように長い銀髪をリボンで結んでポニーテールにしているが、いつもの装備ではなく、私服なところとパーティメンバーがいないところを見ると、今日は特に依頼を受けてはいないみたいだ。
「彼の仕事はいつも正確で間違いはありません。それとも、エイガスト、クランの報酬の割合に不満があるのですか? なら、それを定めた人物。つまり、クランマスターに直訴してみてはどうですか?」
「……」
アストレイアの言葉に、さっきまで噛みついてきた男は、マルガスさんの言葉で怯んでいたところをさらに、牙を抜かれる形となった。当然、クランマスターにそんな事を直訴なんて出来るわけもない。
エイガストは言い返してくても、言い返せないのだろう。なんせ、彼女の言い分は正しく、かつ実力は彼女の方が圧倒的に上で、その事は彼女がB級に上がった時に、エイガストは彼女に突っかかり、ボコボコにされたトラウマがあるからである。それは、もう絵に描いたようなものだった。ここで、争うのは無駄だと判ったのか、エイガストは書類の署名欄に名前を書く。そして、俺達を睨みつけると部屋から出て行く。遅まきに取り巻き達もあいつの後を追う。
アストレイアは、まるで何事も無かったかのように部屋に入ってくる。
「おはようございます、バアル。私の報酬に確定は済んでいますか?」
テーブルを挟んで俺の前まで来ると、彼女は挨拶をともに言う。さっきの嫌な事が吹き飛ぶね。隣にいるスバルは尊敬の眼差しで見ている。
「ああ、ちょっと待っててくれ」
俺は自分のテーブルまで行くと、さっきまで処理していたアストレイアの書類を持っていく。アストレイアは俺から受け取った書類に目を通す。一通り目を通し終わると、書類に向けていた視線を俺に合わせる。
「はい、大丈夫です」
彼女はそう言うと、受付のテーブルに備え付けられているペンを手に持つと、書類に名前を書く。その書類を受け取り、名前がしっかりと書かれている事を確認する。
今書いてもらったこの書類は、依頼達成報告書をもとに俺達会計係が、クランに収める分のお金を引いた金額を冒険者達に確認してもらう。こちらでも、確認はしているが万が一という事もある。それに、しっかりと相手に合意を貰っていれば無用な衝突を防ぐことにもつながる。
書類に問題が無ければ、署名欄に冒険者の名前を書いてもらう。これで、その冒険者の報酬が確定する。
「問題なしだ。この後バンクに行って登録してあるお前の金庫に入金してくるよ」
「お願いします」
彼女はそう言って頭を下げる。A級ともなれば、冒険者の上位なのに、なんていうかしっかりとしている。確かに、期待もされるし、人気もあるわけだ。
「あ、あの、アストレイアさんは、今日はお仕事ないんですか?」
俺の隣にいるスバルが俺達よりと話す時よりも何倍も緊張しているのか、若干声が上擦っている。こんな風に、異性同姓問わず人気がある。
「はい。先日まで依頼が立て込んでいたので、今日は一日休みにしています。ですので、これから装備品の改修などに行って来るつもりです」
「えっ、せっかくのお休みなのに……」
「だからこそですよ」
「?」
アストレイアの言葉にスバルは首を傾げる。
「こういった休日でもないと、冒険者は装備やアイテムの補充なんて出来ないからな。確かに体を休める事も重要だけど、一流って言われている冒険者ほど休日を、これから先の為に備える時間にする。そういう事だ」
「へえ、なるほど」
スバルはこの前の休日に、美味しいスイーツのお店を見つけたとか言っていたから、休日まで仕事の為に過ごすアストレイアに疑問を持ったのだろう。そもそも、冒険者と一般職員とじゃあ、考え方も違うからしょうがない。
スバルに説明している中、俺は視線を感じて、視線を正面に戻すと、アストレイアが真剣な眼差しで俺を見ていた。あれ、なんだ?
「ど、どうかしたか?」
「いえ、冒険者について詳しいのですね」
「そりゃあ、ここで働き始めて長いからな。ある程度知ってもくるだろ」
「そうですか」
口ではそう言うもの、真剣いやこれは何かを疑っているのか? 彼女は少しの間俺を見つめると、瞼を閉じ、いつもの柔らかい表情にも戻る。
「これ以上、邪魔をしては申し訳ないですね。失礼します」
彼女はそう言うと、一礼して部屋を出て行った。そんな後ろ姿をスバルは羨望の眼差しを向けている。やれやれ、俺はそんな後輩を軽く小突く。
「ほら、いつまで見惚れてんだ。仕事に戻るぞ」
「ちょっと、先輩、痛いじゃないですか。先輩だって見つめられてキョドってたくせに」
「はあ、誰がキョドってたって?」
「私の目の前にいる人ですが、なにか?」
そんな俺とスバルの間にマルガスさんの声が割り込んでくる。
「ほら、二人ともおふざけはそこまでにして、仕事に戻ってください」
「はい」
「すいません」
俺達は各々のテーブルに戻る。
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