奇々怪々な日常
結城 舞衣子
一、贅沢な朝
チュンチュンと鳥の鳴き声に混ざり、ケーンと雉のような鳴き声も聞こえてくる。フライパンで焼いている目玉焼きから視線を窓の外に向ければ、空には火車や天狗、様々な妖怪たちが飛び交っていた。
今日は平日で、皆これから出勤だったり、既に退勤して帰路についている妖怪たちもいるのであろう。がやがやとまでは行かないが、通行人たちの声で賑わってきた空を見てそろそろ同居人を起こさなければと思う。
目玉焼きにかけていた火を一旦止め、私は同居人が寝ている部屋に足を移動させた。部屋の扉を開き、中に敷かれている布団を見ればそこには一つ山が出来上がっていた。くうくうと寝息を立てている同居人は、完全に布団の中に入り込んで朝日に気が付いてない。
「双六さん、そろそろ起きないと遅刻しますよ」
「あと一時間……」
「そんなコントみたいな返答をしないでください」
既に起床時間は過ぎているのに、あと一時間も寝られてしまっては彼が遅刻するのは容易に想像できる。私はずかずかと部屋の中に入り、彼が蹲っている掛布団を掴むと勢いよく引っぺがした。遮断されていた日光が彼を照らせば、眩しそうに両手で目を押さえて不服そうに彼は唸る。
ふわふわとした毛、不機嫌そうに下がる両耳、そして布団を叩きつけるように上下に揺れている尻尾。彼、双六さんは猫だ。それも三毛猫の雄である。そして人語を話し、二足歩行をする猫、ここまで言えば分かるだろう。彼は猫又である。
「朝ごはんに目玉焼きを作ってますから、早く起きてください」
「そう言わないでくれよ~。昨日は仕事量多くて疲れてるんだから~」
いつもどおりのんびりした口調で訴えてくる双六さんだが、私は彼の両脇に手を突っ込んで軽い彼を持ち上げる。いや、正直軽くはない。雄猫であり職業柄筋肉質なのもあってか、結構ずっしりしている。それでも重さに負けそうになりながら、よたよたと歩いて彼を洗面台の前まで移動させた。
深く息を吐きながら彼を洗面台の前に下ろせば、観念したのか双六さんは踏み台の上に立って鏡を見る。
「お味噌汁もありますから、早めに準備してくださいね」
「ありがと~」
欠伸をしながらもお礼を言ってくる双六さんに背を向けて、私は再度キッチンへ向かった。余熱で黄身がいい具合に固まっている目玉焼きをフライ返しで取り出し、準備していたお皿に乗せる。未だ熱を持っている目玉焼きは、ジュクジュクと音を立てていた。
美味しそう。ただそれに尽きる。思わず涎が出そうになるが、私は口内に出て来た唾を飲み込んで耐え、今度は自分のご飯を準備する。
冷凍庫から取り出した見慣れたパッケージの焼き魚を取り出して、電子レンジの中に入れる。指定されたワット数と時間を設定し、その間にもう一度冷凍庫から凍ったお米を取り出した。先にお米を解凍しておけばよかったかと思いつつ、電子音を鳴らすレンジを見つめていれば、顔を洗っていたのであろう双六さんがトコトコと歩いて来た。
「いいねぇ、朝から目玉焼きだけじゃなくて味噌汁も飲めるなんて贅沢だ」
「御厄介になってますから、それぐらいはしますよ」
「律儀だねぇ」
まだ眠気が取れていないのか、双六さんは欠伸をしながらそんなこと言う。居候として家に上がっている以上、家事をするのは当たり前であると思う。だが、それ以上に私が双六さんの代わりに家事をするのは、彼に任せていると部屋が悲惨な光景になるのを知っているからだ。
先に双六さんのご飯を出してしまおうと思い、炊飯器からお米をよそって味噌汁もお椀に移す。目玉焼きと一緒にリビングに置かれている机に置けば、いい匂いだと言わんばかりに匂いを嗅いで双六さんは笑みを浮かべた。
「鰹節のいい香りに、わかめと豆腐の味噌汁。う~ん、幸せだ~」
猫故に鰹節の出汁が好きなようで、鼻をクンクンと動かしながら味噌汁の香りを堪能している。そして目玉焼きに醤油をかけて、箸を手に取った。いつも思うが、あの肉球でよく箸を持てるなと疑問に思う。
美味しそうに朝ごはんに齧り付く双六さんを見て、私は何処か切ない気持ちになった。それはホームシックもあるのだろう。しかしそれ以上に、温かい作り立てのごはんが食べたいと言う思いが強いのかもしれない。
ここは妖界。妖怪が住む現代日本の別次元に存在する世界。大多数の妖怪たちと、一部の人間たちが暮らす世界で、私は今を生きている。ひょんなことからこの世界に来て、保護者として私を受け入れてくれた双六さんと、その周りの妖怪たちと。
「早く、ご飯が食べたい」
できることなら誰かの作った、手作りのご飯を。
そんな私の呟きにも気づかず、双六さんは私の作った味噌汁を冷ましながら飲んでいた。
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