第2話 私がカフェ店員になった理由

その日私はとにかく暇で、とにかく寂しかった。


1年前に結婚を機に引っ越してきた田舎町。

友人知人もおらず、唯一であり最大の知り合いである旦那はその時期多忙を極め、出張で長期家を空ける事もざらだった。


私も個人事業主として仕事はしていたが在宅勤務だった為やり取りはメールのみ。

更に度重なるミスに、クライアントの一人の堪忍袋がぶっちぎれ仕事の半分を失う。


人との関わりを求めヨガ教室や料理教室に通うもののコミュニケーション能力が低く、誰とも会話する事なく勝手に傷つきすぐに退会。


親切な義両親とは旦那がいないと会話の距離感が掴めず家に訪問してきても居留守を決め込み深交を回避。


くだらなすぎるプライドが邪魔をして「結婚して幸せな自分」を装いたく親や数少ない友人にも相談できず、SNSからも遠のく。


あの頃の私は人に愛されたいのに愛され方がわからない悲しきモンスターに成り果てていた。


一週間に一度、近所のスーパーへ外出するのみの狭い狭い世界での生活。

自分が不幸か幸せか、何をどう思っていたか記憶もない程に人生の空白期だったあの日。

いつも通り近所のスーパーにむかう途中衝撃的な光景が目に飛び込んできた。


「カ…カフェできてる…?」


某オシャレコーヒーチェーン店が突如田舎町に建設されたのだ。

畑とスーパーしかない街並みに不釣り合いに光り輝く建設中のオシャレすぎる建物。

久しぶりに感じる洗練された雰囲気に魅了され、その場に固まり動けない私に更に衝撃的なものが目に入る。


『オープニングスタッフ募集中』


シンプルなポスターに大きく書かれたその文字に胸が大きく弾んだ。


これは…運命なのでは?


脳内ではオシャレな制服に身を包み爽やかな笑顔で接客をし、休みの日には従業員仲間達とバーベキューに勤しみこれまた爽やかな笑顔の自分が現実の私を見つめてくる。


いてもたってもいられずすぐに帰ってホームページで募集要項を確認。

必要事項を入力して後は送信のみ。


本当に?送っちゃう?でも私30代よ?接客経験0よ?今の仕事と両立できる?


そんな事をパソコンの前で2時間程悩んでいたら仕事から帰宅して経緯を聞いた旦那に無理矢理送信ボタンを押され、無事エントリー完了。


そんな不純な動機で私のカフェ店員生活はスタートした。この時はまだ、自分に発達障害があるとも知らずに。

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