第14話 罪と罰

(14)




 ロダンは言う。

「…そして恐らく先生の奥様が亡くなられたのはトリカブト。それはもしかしたらこの付近で自生するトリカブトの亜種かもしれませんが、奥様はその猛毒を知らずに押し花の最中に出て来た花汁、…いや、根っこを不注意で舐めてしまい亡くなった、違いますか?」

 財前先生は黙して語らない。

 水だまりの上で浮かび上がる川魚の死骸が、水に押し出されてやがて流れて行き、二人の面前から消えて行った。

 ロダンは続ける。

「僕、思ったんです。先生の奥様が亡くなられた原因が正確には分からないなんて。でもですよ、きっと先生は知っている。当時も警察は検死したでしょうから。そこで僕、このNの事を聞くうちに不思議と何か思いつくことが有ったのです。

 水辺と言うのは自生する草花が在って、意外にも毒草というのもあるんです。その代表がトリカブト…そしてね、先生。昔この付近では沢山の川魚が獲れたらしいのですが、網なんて投げ入れられない清流では釣りでは魚数は確保できない。そうなるとですね、、これは禁じ手ですが、川に…」

 そこまで言うと先生がロダンの言葉に重ねる様に言った。

「毒を混ぜて魚を捕まえるのさ…」

 ロダンはそこでじっと黙つた。

「ウチも代々川漁師一家だったから、沢付近に自生する毒草の事は知ってた。知ってたどころじゃない。毒を中和させて痺れ薬にする家伝の調合表まであったくらいだからね」

 ロダンは頷く。

「…妻は、野草を集めるのが好きだったのだけど、それは趣味でね。だからこの辺りに自生する紫の花を咲かせるあれがトリカブトだったなんて知らなかったんだ。

 紫ってスミレの様に押し花とかにすると素敵な色合いが出るらしく、ある日それを一人で押し花にしていたんだ。もし、それに僕が気付いていれば勿論止めていたのだけど、その時、僕は不在でね…」

 ロダンは後悔というものが先生の背を曲げているような気がした。

「そうでしたか。しかし先生、その事は娘さん達には黙っておられたのでしょう?」

「勿論、娘だけじゃなく親類縁者全てにね」

「でも、やはりどこかで漏れてしまうんですね」

「聞くけど、ロダン君。じゃぁこの事、誰の仕業だと?勿論、悪戯じゃすまないだろう、面を被れば口元に触れ、やがて舐めてしまうだろうからさ。君ならもう分かってるんだろう?」

「里穂さんですよ」

「里穂!?」

 先生が驚愕する。

 ロダンは髪を掻いて言った。

「ええ、いや、娘さんはきっとお母さんの事を調べたんでしょうね。幾つかの可能性をパズルのように組み立てて、事実へと向かう事は誰にでも出来ることですよ。ネットで調べれば事実に辿り着くのに時間はかかりません。いくら長きに渡って秘匿した事であっても。でも、然しながその事が調べて分かったとしてもこの事実を利用しようとした動機は…やはり、思春期故の行動ともいえるのかもしれません」

「思春期故の?それは?」

 先生が眉間に皺寄せる。

「恋ですよ」

 ロダンははっきりと言った。

「恋?」

「妹に好きな人を取られたくないという思春期故の恋の嫉妬」

 驚く先生が、ロダンの言葉をなぞる。

「…嫉妬」

「ええ、娘さんお二人が好きな方が居るのは御存じでしたか?」

「…いや、それは…」

 先生がたじろぐ。それを見たロダンは諭す口調になって言う。

「ですよね。父親っていうものはそんなものかもしれません。子供のそうした敏感なところは母親の方が機敏に感じるものですからね」

「じゃぁ二人には同じ想い人が?」

「…ええ」

 ロダンは言いながらも鼻白いだ。どこ青春を生きる少女たちの心の中に手をぐるぐるかき混ぜるように感じたからだ。

 だが、ロダンは話を続ける。

「まぁ、その人物の名は伏せときます。青春の輝きにある名を、こうした悪戯で穢すのは良くないともいますので」

「じゃあ、里穂が志穂に対して嫉妬して、つまり…こうした悪戯をして、恋心を奪おうと」

 娘たちの不遜さをなじる父親が其処に居た。ロダンはその父親の心に言葉を続ける。

「まぁでしょうね。だって神楽で舞う巫女舞と言ったらちょっとした地域の花形でしょう?綺麗に着飾り、恋い慕う人の前で舞いを舞うなんて…恋を成就させるために相手を絡め取る女性独自の魔法としては抜群の威力でしょうし」

「それは子供の浅はかさだよ、恋なんていくらでもこれから叶える方法は学ぶだろうに」

「ですがね、それが子供でそして子供が考え得る精一杯の努力なんですよ。大人になるとそうしたことに段々と鈍感になってしまう…まぁ先生もそう思う節が心の何処かにありませんかね」

 先生は小さく――そうだね、と呟いた。

 ロダンはそんな先生の背に手を遣ると神楽面を丁寧にタオルで拭いて手渡した。

「それで、どうすべきかだけど」

 先生が呟く。

「まぁ先生。こうして面が濡れているのですから、今回の神楽では面なしで舞ってもらいましょう。なぁに、綺麗に美しい顔を見せて踊るのも素敵じゃないですか。確かに伝統的には巫女舞の頭は被るのでしょうけど、今年はそれでしてしまえばいい。ほら、まぁ大人的事情という事で、隠しちゃいましょう」

 ロダンは大きく笑うともじゃもじゃ髪を掻いてから首をぴしゃりと叩いた。

 それを聞いて先生もやや気色を取り戻したのか小さく頷いた。

「そうするか、しかし、悪戯をした里穂には僕から何か言わないと、父親としての示しが立たない」

「ほう?どうします?」

 ロダンが先生を見る。見るが眉間に皺を寄せて黙っている。それを見てロダンが笑う。

「先生、娘さんには甘いようだ。よし、ならばこの四天王寺ロダンに躾けという罰を与える良い考えがありんス」

 言うやロダンは先生の耳元で何かを告げた。告げられて先生は「…良し」と言うとロダンに言った。

「里穂にはそれぐらいの罰を与えてやらないとね。それにまだ舞が始まる迄時間はあるし、当の里穂も社殿に来ている。娘も踊りは知らないわけじゃない。たまにはそうしたハプニングがあるという事も教えてやらねば、当人達の恋の行方は知らんが、罰の行くへは今はっきりとしておくよ、思春期の娘を持つ父親の威厳としてね」

 ロダンは聞きながら笑った。

 笑ってそしてロダンは、大きなため息をついて先生に言った。

「それでね、先生。昔の事件の事ですがね、きっとそれもこうした「恋」がらみではなかったかと思うんですよ。

 当時ダム建設で沢山の若い労働者が来ていたでしょう?であるのなれば、双子姉妹が同時にある人物を好きなることも可能性としてはあるでしょう。それで二人とも川漁師の家ならば、こうした毒草の調合も出来たのだと思います。

 ――それで、ここからは僕の推測ですよ。

 恐らく亡くなった方は殺すつもり何てなかった。今回みたいにちょっと舞いを踊る最中に悶絶させて恥をかかせてやろうかという程度だったのかも知れません。だから意外な結果に当人は驚愕して、やがて神楽面を調べれば自分がしたことが露見するのは間違いないでしょうし、だからもしかしたら、この清流の奥深くに身を投げたのかもしれません。

 じゃぁでも死体が無いのは何故か?

 想像するに、もしかしたらこの沢の何処かにある岩下に埋まっているかもしれません。ネットの記事を見ていたですが、そうした大水害の記事を見つけたんです。

 全ては想像ですけど、でも事件事故と言うのは偶に人間の英知を越えたところに真実を隠すことがあります。まぁそうした事を、僕思ったので今話してみました。

 では、社殿へ行きましょう。先生のとっておきの罰を受けた里穂さんを僕も見たいですからね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る