Nの鬼提灯祭 / 『嗤う田中』シリーズ
日南田 ウヲ
第1話 財前先生
『Nの鬼提灯祭』
(1)
財前先生はこの祭りの所以を僕に言った。
「ロダン君、遥か昔、そう、この熊本と大分の境であるNにね――鬼が住んでいたんだ。
戦国の頃、大友宗麟の領内は海外貿易港だったのだけど、そこにたどり着いた南蛮人がここに逃げ込み、鬼化したらしい。
ほら鬼ってさ…考えてごらんよ、彼等南蛮人の容貌をさ。鼻高く、眉深く、全身紅毛と言うか、毛もくじゃら。まるで鬼の様だろう?
まぁつまり府内から逃げて来た彼らがどうもこのNの奥深い所に住まい、この付近の村里を襲ったり、娘をかどわかしたり物騒な事をしたんだ。
そこで村の名主は彼等を退治しよう、つまり殺そうとしてね…まぁ彼等をおびき出そうとしたんだ。
その方法が簡単。祭りをする――、それも夜に煌々と提灯を沢山掲げてこの神社を明かりで照らして、まるで今で言う照明のように照らして飲めや歌えやの夜騒ぎをした。そうすれば――天照の古事に倣うように笑うところに人も鬼も招く。そしてそこを一気に鬼退治と言う訳なんだ。
そしてそれはズバリ当たってね、その灯りに魅かれて鬼どもはやって来て、遂に大友の侍——地域の伝説では大友侍高橋紹運の一突きで彼等は全員殺されたと言われてるんだ。だがね、名主達は余りにも自分達の行いを恥じたんだ。
…分かるだろう?
だってこれはだまし討ちだ。
それに鬼達は遥か異国、イスパニア、ポルトガルの遥か遠い国から千里波涛の荒波を越えて来た者達だ。その心情を思うと、如何に里人に悪さをしたとはいえ、一連の慕情というものがわくというのが人情だ。だからNの名主は彼等の御霊を神社に祭り祟りなく、この地で鎮まって欲しいと思ってこの提灯祭をしたんだ。
それをここNでは—―鬼提灯祭といってね。ほら、見えるだろう。神社の境内にあるあの神楽台で鎮魂の舞いをするんだ。
まぁそれがこのNの伝説で、そして今年は僕の二人娘の内、妹の方が巫女として面を被り舞う事になっている。
だから夏休みの今、めい一杯練習してるのさ。
勿論、会ったことあるよね?僕の旅館に泊まっている君だけど、知らないか思ってね。あ、そう?挨拶程度には話をしている。そうか、そうか。ん、短い髪の毛? そう、そう、娘ショートヘアの少しつんとした…まぁ思春期だから、御免ねぇ客商売なのに不愛想で。
それとさぁ、僕の旅館と言うのは、ほらこの清流の上流にダムがあるだろう。そこで働く国土省の方の宿泊先に何十年もなっているから、君が今祭りの準備をして意外に辺鄙なこの地で人が多いと思うのも無理はないよ。家族を呼んだりしているからね。
え?提灯祭はとてもいいシナリオになるって?そう?ならばそれは良かった。君は役者になるのが夢だったね。しかしそれにしても長崎から良く自転車でここまできたもんだ。感心だよね。
まぁいいか。
じゃ、後で迎えに来るよ。
四天王寺ロダン君、
…え?その名で呼ばないで欲しいって?ハハハ、照れるねぇ。髪を激しく搔いているじゃない。
まぁ、良いさ。君と出会ったのは本当に不思議なご縁だ。今夜は祭りの神楽もあるしね。
まぁゆっくり…、そのぉ、折口信夫先生のさぁ、本を読んで過ごすといいよ。
じゃぁ、後で。
――え?あの仮面?
ああ木彫りの神楽で舞う時のお面だよね。仮面と言うから驚いたよ。
分かった。まだ神社の壁に掛かってると思うから、一緒に見に行こう。君は本当に研究熱心だね。あれが円空作かどうか確認したいなんてね。
じゃ、まぁゆっくりしてよ。ダム管理の君の部屋隣の独身連中は今日は下の街に出てるだろうから静かだろう。もしかしたら女遊びでもしてるだろうかもね。ははは。
それでは、本当に後で、ロダン君。又来るよ。長女と一緒に迎えに」
そう言うとN郷土史家の財前先生は眼鏡の奥で微笑して僕の前から消えた。
そう、四天王寺ロダンという芸名の僕の前から祭りの準備の為に。
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