爆ぜる勇気の弾丸




「──良くないな、全く以てそれは良くない」



「えぇ、本当なら、アレだけ必死になるのも納得ね」



 メイダ北の森を抜ける道中、一行は抜け道となる洞穴を過ぎ、森と街を繋ぐ街道を目指して草原地帯を歩く最中、武僧が目撃してしまったものについての話を聞いていた。



 今回、武僧はゴブリン退治の為に森を訪れていたのだが、退治する筈のゴブリンが目撃される筈の辺りでその影や形はなく、代わりに件の男が居たのだと武僧は語る。



 ここまでは想像に難くないだろうが、問題はその男が何をして居たのか、である。



 男はそこで何者かと取引をしていたというのが武僧の目撃証言で、主に剣士が槍玉に上げたのはその取引相手だ。



「──吸血種ヴァンパイアなんて初めて見ました


 文献で学んでいましたが、てっきり彼らは絶滅したものかと……」



「アタシの知っている限り、東大陸こっち吸血種ヴァンパイアの生き残りが居るとかって話は聞いたことがねぇ


 西大陸でどうなってるかは知らねぇが、東大陸こっちじゃ随分大昔に絶滅しちまったってのが通説だしな」



「普通そう学ぶものね


 ただ、大昔みたくに紛れて、っていうのが不可能に近いのは確かだけれど、実の所、彼らは絶滅なんてしてはいないのよ


 色々と事情はあるけれど、確かにこの東大陸で人々の影に紛れながら生き残っているわ


 私が知ってることは、それくらい」



 淡々と吸血種ヴァンパイアと呼ばれる者達の歴史を口にする一行であったが、言葉を交わす毎に剣士の表情が少しばかり曇っていく。



 二人がそれを不思議そうに眺めていたが、ひとつの溜め息を置いて、剣士が口火を切った。



「それはそれとして、改めて確認したいのだけど


 ソイツが着ていたマントに付いていたエンブレムは確かに『白銀の竜』だったのね?」



「あぁ、そうだ


 メルミー、お前が見た吸血種ヴァンパイアってのは貴族の容姿をしていて、銀髪のストレートロングの男だって言ってたな?」



 剣士と狙撃手が注目した部分はそう、『白銀の竜』を象ったエンブレムを身に付けている吸血種ヴァンパイアの男、という部分であった。



 明らかに神妙な面持ちをした二人の表情を伺いつつ、武僧はこくりと首を縦に振る。



 吸血種ヴァンパイアは現状、パッと見ではエルフや人間等の人とそう変わりない容姿をしているのだが──



 彼らの大きな特徴として、発達した犬歯を持ち、魔術を行使することなく、影を媒介にした空間転移が行える。



 武僧が見た男が吸血種ヴァンパイアだと判断した理由は、その特徴的な空間転移を目撃したからだった。



 ──そもそも吸血種ヴァンパイアという種族は、この地上において、かつて人々と戦い、生存競争をしていた『混沌なる者共クリーチャーズ』と呼ばれる怪物達の中でも支配階級にあった種族の一つと



 人の生き血を啜り、血を啜られた者は高い確率で眷属へと姿を変え、次々に同族を増やしていく上、非常に高い社会性と常軌を逸した生命力を持ち、魔術に長けた者達のことだ。



 その生存競争が成りを潜めたのも、遡ること300年前。



 過激派の吸血種ヴァンパイアが『混沌なる者共クリーチャーズ』の支配階級にして、激しい闘争を好む竜魔種ドレイクを出し抜き、人々の生活圏に潜り込むことに成功した。



 その結果、吸血鬼ヴァンパイアが幾つかの国家を支配下に置いたからである。



 貴族や国家から弾圧を受けていた人々に対し、吸血種ヴァンパイア達は都合良く交渉を持ち掛け、多くはクーデターという形を取って様々な国で革命を起こし、その多くが安住を得たという筋書きだ。



 人々を味方につけた吸血種ヴァンパイア竜魔種ドレイク達を退けながら、自らの眷属を増やしつつ、静かに人々の安寧を脅かすことに成功した。



 しかし、何もかもがそう都合良く事が運ぶ訳もなく、その思惑に気付いた周辺国家や大規模な権力を持つ東大陸の国家が束となり、吸血種ヴァンパイアが治めるであろう国々を徹底的に滅ぼし尽くし、今に至る。



 この時の戦乱はこの世界の始まりにして人類同士の文明崩壊級の大戦争、極断戦役グラウンド・ロスト・ゼロに次ぐ程の大戦争であり、現在ではそれを血河戦役リバース・ヒューマンズ・ブラッドと呼ばれている。



 ただ、吸血種ヴァンパイアという種族は長年『混沌なる者共クリーチャーズ』と呼ばれる怪物達とされてきたが、大半はかなり温厚とされ、自らが人無しには生きられないことを良く知っていた。



 追い打ちを掛けるように、戦後、滅ぼした国を治めていた吸血種ヴァンパイアを学者達が研究した結果、吸血種ヴァンパイアは、、と判明したのである。



 血河戦役リバース・ヒューマンズ・ブラッド極断戦役グラウンド・ロスト・ゼロに次ぐと言われる由縁は、それが人類同士が起こした二度目の文明崩壊級の戦乱だったからだ。



 それ故に、彼らは人類を存続させる為か、あまりに常軌を逸した生命力、もとい、長い寿命に苦しんでいた為か、様々な理由と憶測が飛び交う中、、とされている。



 以後、彼らは姿を消し、今日こんにち学ばれる歴史の表舞台に、少なくとも300年は登場していない──



 さて、そこで話は『白銀の竜』のエンブレムとは何か、という話に戻る。



「アルバディノ家の紋章、だったな?」



「えぇ、そう


 恐らく、ウィーヴの取引相手は私が追っている人物である可能性が高いわ」



「本格的にアタシもお前さんから雇われた仕事を遂行出来そうな匂いがしてきたな、こりゃ」



「あの、そんなに厄介な相手なんですか?」



 神妙な面持ちのままで淡々と会話をする二人に武僧がまだ理解の及んでない状態なのは明白だ。



 何より、武僧の表情は呆気に取られた様子で、彼女自身が見たものが悪意あるものであったことに確信こそあれど、それが二人の興味をここまで引くのは予想外だった。



「確かに、彼らが取引をしていたのは人の赤子、それは間違いなく人身売買だった筈です


 それがまず許されることではないのは当然として、そんな彼らを追っているのはどうしてです?」



「まぁ、色々あるのよ


 個人的な事情だから、あまり深く突っ込まないでくれると嬉しいわ


 それに、あなたを巻き込むつもりもないし、その辺も安心して頂戴」



「そうだな、今のメルミーにはちと荷が重い


 アルバディノ家は300年前まで、この辺りを統治していた吸血種ヴァンパイア


 末裔か当初の本人か分からねぇが、そんなのが生きてたとありゃ大問題も大問題だしな」



 苦笑しながら、くしゃくしゃと武僧の頭を撫でた狙撃手は静かに剣士の方を見る。



 同じく剣士の表情は曇り気味で、キョトンと不思議そうな顔をしている武僧を見詰めていた。



「……ヴェリア」



「言いっこなしだぜティレン、契約外だ


 アタシだって実の妹にこんな危ない橋、渡らせたかねぇ


 許せよ」



 目を逸らした剣士の肩をそっと叩いた狙撃手は、ニカッと笑みを浮かべて励ますと、改めて武僧の方へ視線を戻す。



「まぁ、アレだメルミー


 口には出せねぇが、コイツも大分厄介なことを抱えてるらしい


 本当にソイツがアルバディノ家の吸血種ヴァンパイアだってなら尚更だ


 お前の気持ちも分からなくはねぇが、これはアタシらの領分なんでな」



「なるほど……


 わかりました、口外出来ない事情が御在りなのでしたら、私も詳しくはお聞きはしません」



 納得した様子で二度、三度と頷き、それまで進めていた歩みを止め、何かを決心したように立ち止まった二人の方へ向き直った武僧は、真剣な面持ちで口火を切った。



「──しかし、あまりに非道な悪行を目にし、それを許せる程、私も不出来な神官ではないのです


 ティレンさん、あなたの話を聞かずとも、彼は私も追うことでしょう


 ただ、私も冒険者として、武僧としてあまりに未熟な身です


 ですので、願わくば、私も武者修行の為、あなたの旅にご同行させて貰えませんか?」



 今度は二人が目を丸くする。



 彼女が武僧の気概を買っていなかった訳ではないが、これほどの度胸と無謀とも言える勇気を目の当たりにすれば面食らいもするところ。



 思わず確認を取るように狙撃手の方を見た剣士だが、当の本人はすっかり諦めた様子で肩をすくめていた。



「……本気?」



「本気も何も、大真面目な提案です」



「……そうだな


 アタシとしちゃ、止めたい気持ちしかねぇが──


 理屈捏ねたところで止まるタマじゃねぇってのがアタシとコイツの共通点だった」



 ワシワシと後頭部を掻く狙撃手も武僧を心配そうに眺めていたが、同じように少々の不安を抱えて武僧の瞳を覗き込んでいた剣士が溜め息を吐いた。



「わかった、わかったわよ


 あのウィーヴとかいう男から一晩も逃げ切ったんだもの、それは冒険者の先輩として充分に評価するべきだと私だって思ってるし


 こんなのゴネるだけ損よね


 何より、冒険者は自由が性分だもの」



「ありがとうございます!」



 武僧は満面の笑みで剣士の手を握り、それをぶんぶんと振って感謝と喜びを露にして満足げに頭を下げる。



 それを見た剣士は再びの溜め息、武僧の肩をポンポンと軽く叩いて彼女の喜びをなだめ、狙撃手の様子を伺った。



「ま、コイツが仲間入りしてくれんのは、単純に分隊指揮らしく動きを考えられる


 アタシとしちゃ、その点にゃ万々歳だ


 当然、無鉄砲な妹を近くで世話出来るってのが一番の理由だが」



「どうあれ、まずは楽炎の金脈亭に帰らないことには、今後どうするか決められないし、とっとと帰りましょ


 たまにはふかふかのベッドで寝たいもの」



「あっ、そうでしたよね!


 お二人は街に着いてからすぐに私を助けに来られた訳ですし……」



「そ、余計な荷物も宿に置きっぱなしだから、それも回収しないと長旅は出来ないからね」



「だな


 街道に出るまではもう少しだ、あそこに出ちまえばそのまま南に真っ直ぐ行けば良い


 お天道様が真上に来る頃には街に着く


 善は急げってやつだぜ」



 意気揚々と狙撃手が歩みを再開し、それを追うように武僧が駆け足、剣士も一段落といった様子で朗らかに会話する二人をしばらく見詰めてから後を追う。



 これだけ賑やかなのはいつ以来だろう、そう心の中で呟いていた剣士は、やはりどこか遠くを眺めていた。







 ──────







 三人が街道に出てしばらくした頃、日の昇り方から時刻はそろそろ正午前と言った所。



 武僧が剣士と狙撃手の出会いについて聞いたり、どんな所を冒険したのかを尋ねたりと、話に花が咲いていた。



 そんな折り、眼の良い剣士がふと目を細めて狙撃手の肩を叩く。



「ねぇ、ヴェリア、あの馬車──」



「んあ?


 どれどれ……?」



 生返事をしながらも、狙撃手はライフルからスコープを取り外して剣士の指差した方向を覗いた。



「あー、なるほど


 あのタイプはそこそこ稼ぐ行商人のもンだが、確かにちぃと妙だ


 いくらこの辺りが安全とはいえ、護衛抜きで街に向かうのは流行りじゃねぇ」



「流行り?


 確かに、行商人さんからの護衛依頼というのはよくある仕事ですけれども、決して流行りで用心棒を雇っている訳ではないのでは?」



 スコープをライフルに装着し直した狙撃手は小さく溜め息を吐いて、少しばかり歩みを早めながら武僧の疑問に答える。



「護衛を雇うのは確かに安全面を確保する為でもあるが、今この辺りは大きな戦もないし魔物の類も少ない、ましてやメイダは比較的新しい商人の街だ


 大きな冒険者の店もあるから、警備体制も整ってて野党もあまり多かねぇ」



「……あぁ、なるほど、それは流行りもするわね」



「つまり、どういうことです?」



「いくらか安全な地域で護衛が雇える行商人ってのは、それだけ稼ぎの良いやつってことさ


 奴らは金の流れに関するプロフェッショナルだ


 護衛を雇うのは危険地帯を通ったり、貴重品を運んでるなら安全確保したい奴からしちゃ必須だが、その必要があまりないなら、その分のコストは切っておきたいってのは知っての通り


 だが、護衛が付いてると見映えが良いし、ソイツらが有名な冒険者ならそれなりの箔が付く


 メイダが商人の街ってのもあって、横に護衛が居りゃそンだけ貴重なものを運んでるかもしれねぇ


 ってな具合で集客率を上げる為のパフォーマンスとして護衛を雇うのが最近この辺じゃ流行りンなってる


 商人同士の見栄張り合戦って所だが、景気の良い証拠でもあるわな」



 と、説明を終えた狙撃手であるが、剣士と共に腑に落ちないという表情。



 武僧こそ今の解説に納得し、噛み締めるようにその経験から来る分析と知識に頷いていたが、その妙な空気感に気付き、二人の顔色を伺った。



「──でも、あれは流行りに乗っかってないとか、稼ぎが悪いだけって雰囲気じゃないわよね」



「だな、馬車は大型でかなり丈夫そうな上物に見える


 それなりの装飾もあるが、それにしちゃ汚れが多い


 プロなら自分の馬車の手入れは怠らねぇのが流儀の筈だ


 街に入る前にちっとばっか調べてみるとしよう」



「何か、おかしなことがあるんですね?」



 剣士と狙撃手の二人は武僧の確認に小さく頷き、狙撃手は街道から少し外れた草むらの方へと歩き出す。



「二人は直接馬車を追って調べてくれ


 こっちは外れた所から不測の事態が起きねぇか見ておく


 何かありゃ直ぐにでも援護するからよ」



「えぇ、それじゃあメルミーちゃん


 私達は行商人に不足物を買い付ける体で調べましょっか?」



「分かりました


 品物の目利きはそれなりに自信があります」



「助かるわ


 声掛けはこっちでやるから、物の方は任せたわよ」



 剣士が武僧の背を軽く叩くと、それを合図に狙撃手が駆け出し、剣士も同じく馬車へ向かって小走りを始めた。



 流れるような即断即決に呆気に取られていた武僧であったが、ぐんぐん距離を開けていく剣士の様子に、慌てて馬車へ向かって駆け出す。



 エルフはおろか、人間と比べても、手足が短く鈍足なドワーフである彼女がようやく追い付いたのは馬車に剣士がたどり着いた頃だ。



「──あぁ、来た来た


 遅いわよ」



「す、すみません……」



 剣士は早くも手綱を握っていた男に話し掛け、商品を見せて貰う算段を付けており、武僧が来た所でその男が馬車から降りて荷台に向かっていた。



「それじゃ悪いけど、水と食料を見せて貰っても良いかしら?」



「えぇ、どうぞ、こちらになります」



 剣士が男に話しかけると、彼は快く水と食料の入った袋をいくつか荷台から降ろして二人に見せる。



 彼曰く、メイダより北西にあるルアークという街で仕入れたもので、特に水の方はそこの名産品であると説明した。



 水は薄手のガラス瓶に入っており、産地を示す札が瓶の首から下がっている。



 それに関心を示す剣士であったが、武僧の方はというと、水の瓶を一瞥した後、荷台の方に幾らかの興味を寄せていた。



「すみません、良ければ薬品類も見せて貰ってもよろしいですか?


 止血剤と消毒薬が切れてしまいまして……」



「勿論、構いませんよ」



 快く武僧の要求を承諾した男は再び馬車の中へ入り、幾つかの薬品を取って二人に見せる。



 水、食料、薬品類のいずれも何の変哲もないもので、行商人が扱っていても何ら不思議ではないのだが、武僧の目が光ったのは男の動きに対してだ。



 二人はそれぞれ商品を要求したが、彼は手に持てる程度の量を個々に見せるという形を取っていた。



 尚且つ、彼の扱っていた商品も馬車の大きさに対してあまり良質とは言えないものである、というのが彼女の見立てである。



 少し唸った武僧は、改めて馬車の中を見せて欲しいと交渉するが、男は首を横に振った。



 当然といえば当然だが、これが彼の商売のスタイルであるだけならば彼女も追及しない。



 しかし、武僧は水の入った瓶のそこを指差して、彼を怪しむ決定打となる言葉を口にした。



「ルアークの水はブランド品です


 それは瓶も同じで、作りこそ普遍的ですが、必ず瓶の底に蛇のモチーフが掘られています


 その為、瓶底はかなり厚めな構造をしている筈ですが?」



 その言葉を聞いた男は少したじろぎ、目を泳がせる。



 これだけならばただ偽物を掴まされた商人というだけで済むのだが、彼がチラりと馬車の方へ目をやった時だ。



 馬車が僅かに揺れ、それを見て男は更に動揺した。



「何か、お隠しになられてます?


 随分馬車の方を気にされておりますが?」



 彼女がここまで言葉を紡いだ所で、どんっ、と馬車が大きく揺れる。



「馬鹿!


 大人しく──」



 男の言葉に思わず馬車を見た二人は、馬車の中からぬるりと姿を現した大柄な人影と目が合った。



 青みがかった灰褐色の肌をしたそれは、発達した筋肉の鎧と岩のように頑丈な表皮を備え、丸太の如く太い四肢を持ち、赤黒い革の腰巻きをまとった怪物。



 俗に、トロールと呼ばれる魔物であった。



 直ぐに臨戦態勢を整えた武僧は数歩引いて拳を構えたが、それまで隣に居た剣士の姿は、商人の背後に回っており、その首にいつの間にか抜いた短剣を沿わせていた。



「どうやら、相棒の躾が足りなかったみたいね?」



「ケカカ……ッ!


 だとして罠にハマったのはお前達の方だゾ!」



 ボンッと、薄紫色の煙を上げて剣士の腕の中から男が消える。



 文字通り煙を巻いて、ひゅるりと抜け出したものは、人間の子供にトカゲの尻尾と背からコウモリの翼が生えたような怪物。



「グレムリン……!」



 グレムリンはくるくると剣士と武僧の頭上を旋回すると、流れるようにトロールの肩に降り立ち、頭の上に小さな手を乗せた。



「アンガー、予定変更ダ!


 ここデこのまま食っちまエ!」



 グレムリンの指示の元、トロールが吼える。



 緑色の光彩がみるみる内に赤く変色し、熱を帯びた体表から湯気が立つ。



 そして、トロールはその豪腕を振るい、周囲を手当たり次第に凪ぎ払ったのだ。



 剣士と武僧は咄嗟に大きく後退し、各々の武器を構え直す。



 武僧は左腕を前へ、右腕を後ろへ、胸の前でそれらを交差させてトロールに狙いを定めた。



 一方の剣士は左手に持っていた短剣を腰に収め、起動エンカウントと呟く。



「悪い予感が当たったわね


 メルミーちゃんはそっちのデカいの、相手する自信はある?」



「勿論です!


 すばしっこい方はお任せします!」



「任されたわ、抜剣アウェイク!」



 先に駆け出したのは武僧、腕を振り切ったトロールの懐へと潜り込む。



 一方の剣士は、武僧の動きに合わせ、やや右前方へと迂回しながら剣を展開し馬車の方へと走った。



 武僧は息吐く間もなく右の拳を引き、左手を軽く開いてトロールの頭部へ向けて突き出し、間合いを測った。



 グレムリンの怪訝な表情をよそに、武器の右拳に炎が宿る。



「──爆砕の


 スプリッドシェル──」



 小さく呟いた武僧は真っ直ぐにトロールの目を見詰め、まるで地面を抉るかの如く、大振りのアッパーを放つ。



 彼女の拳の本体こそ空を斬る、しかし、この攻撃の本体は拳に非ず。



 拳に宿った炎はまるで散弾のように撃ち出され、トロールの全身、加えてその後方にある馬車にまで降り注ぎ、一瞬にして彼女の正面一帯が爆裂したのだ。



 ──轟音。



 地響きを起こす程の衝撃と爆風で馬車は粉々に砕け、真正面に居たトロールの全身は煙の中で焼けただれて沈黙し、膝を突く。



「──なんて滅茶苦茶な!」



 予想を遥かに上回る破壊力に視線が釘付けとなった剣士は思わず、感嘆の声を漏らした。



「け……ケカカ……!


 何だコイツは!


 こんなヤツが居るなんて聞いてないゾ!?」



 空中でゲホゲホと咳をするグレムリンは、相方である頑丈トロールが膝を突いている光景を見て戦慄する。



 はたと気付いた頃には、剣士が自らの元に跳び上がっており、目の前には盾に仕込まれた幅広の刃が迫っていた。



 身体を捻りながら、ぐるりと縦一回転、剣士の刃がグレムリンの肩口に差し込まれる。



 咄嗟に反応したグレムリンがその身を2つ裂かれるのを防ぐように、刃を両手で抑えるも、回転の勢いで地面へと真っ直ぐに叩き落とされた。



「バカな……こンなコトが……」



「運がなかったわね、こっちも急ぎだけど、悪さに見合う制裁はしないとだから」



 着地した剣士は切っ先をグレムリンの喉へと向け、その冷ややかな視線をそれへと突き刺した。



 苦悶の表情を浮かべたグレムリンだが、口許が一瞬緩む。



「──アンガー、契約は切ル


 もう好きに、しロ……」



「まさかアンタ……!」



 グレムリンの言葉と同時に、トロールがゆっくりと立ち上がり、ちょうど構え直した武僧と対面する。



 舌打ち。



 剣士は目にも止まらぬ速さでグレムリンの脳天を叩き割り、次に行うであろう行動を抑制しようとしたが、時既に遅し。



 トロールが吼える。



 それは鎖から解き放たれた野獣そのもの、涎を撒き散らし、大きな拳を正面の武僧へと振り下ろした。



 大振りな拳であるが故、武僧も素早く反応出来、バックステップでそれを避けるが、拳が振り下ろされた石畳は無惨にも砕け散る。



 間髪入れず、トロールは剣士に向けてもその巨大な槌の如き拳を振るう。



 こちらも余裕を持って反応し、数度跳んで武僧と並ぶが、拳の行先はグレムリンの遺体であった。



 トロールが拳を開き、グレムリンの遺体を鷲掴みにすると、それを大きな口へと放り込む。



 数回の咀嚼、グレムリンを飲み込むと、トロールは三度みたび吼える。



「一撃で仕留められなかったのが仇になったわね……」



「どういうことです?」



「使い魔の契約ってヤツ、ある程度能力を制限しつつ、支配下に置く、戦争で良く使われる魔術の一つよ


 グレムリンが得意な魔術だから、警戒してたのに、向こうの方が上手だったわ……」



 剣士が抜銃バーストと呟いて盾から伸びた刃を折り畳み、得物をトロールへ向けながら、左手を腰の後ろに回し、短刀に手を掛ける。



 同時に、剣士が得物による3発の射撃を試み、それが、トロールの胴へ全弾命中したものの、トロールはものともせず唸り声を挙げ、全身から蒸気を撒き散らしながら、充血した真っ赤な目を爛々と輝かせ、ゆっくりと二人の元へ近付いた。



「どんだけ頑丈なのよ!


 こういうデカブツは!


 メルミーちゃん、パワー勝負じゃまず無理よ


 隙を見て確実に急所を──」



 剣士がそう言い欠けた所で、武僧は既に駆け出していた。



 拳に再び炎を纏わせ、彼女は正拳突きをトロールの胴へと撃ち放つ。



 微動だにしないトロールだが、その視線だけを武僧へと向け、脚を振り上げた。



 ヒヤリと背筋に悪寒の走った剣士は目を見開き、武僧を引かせんと手を伸ばすが、武僧がチラリと脚の軌道を見ると、そのままの体勢で拳から炎を噴出させ、振り上げたトロールの太腿に肘をめり込ませる。



 トロールの表情が歪み、間髪入れず、左の拳、右の脚、そして、再び右拳を構えて跳躍し、トロールの顎へと強烈なアッパーを見舞う凄まじい連撃を繰り出したのだ。



 直後、フラリと後退したトロールの顔面に3度の爆発が起きる。



 爆発の色は黒味を帯びた蒼、狙撃手の弾丸だ。



「ティレンさん!」



「あーもう!


 やっぱり滅茶苦茶!」



 剣士は動揺しつつも、振り向きながら腰を深く落とした武僧の肩を足場に跳び上がり、短刀を引き抜く。



 顔面を両手で抑えるトロールに飛び掛った剣士が、その指の隙間目掛けて短刀を突き刺し、トロールの両肩に足を掛け、そのまま巨体を押し倒した。



「──紫電を放て!


 ニジノキセキ!」



 剣士は短刀の名と、合言葉を口にすると、その刀身が薄紫色に染まり、淡い光を放って放電を始める。



「これで!


 フィニッシュ!」



 トロールが吼え、悶えるが、剣士はトロールの上で器用にも立ち上がり、短剣の柄を踵で蹴り込んで、刃を無理矢理頭部、脳へと到達させる。



 数秒、刃から放たれた紫電がトロールの脳組織を焼き尽くし、それは数回の痙攣の後に沈黙した。



「ふぅ……」



「やりましたね!


 ティレンさん!」



 武僧が嬉々として剣士の元へと駆け寄るものの、当の剣士は短刀を回収しつつ、不服そうに溜め息を吐いていた。



「……あのねぇ、メルミーちゃん


 人の話は最後まで──」



「よぉ!


 無事かァ、二人も!」



 颯爽と駆け寄ってきた狙撃手は満面の笑みで妹の武僧へと近付き、その無事を確認する。



 次に、剣士の様子を伺った彼女だが、その目に映ったのは明らかに立腹した剣士の姿。



「どうしたティレン、そんなに悪い結果じゃなかっただろう?」



「はぁ……


 アンタら姉妹はどうしてそうも猪突猛進なワケ……?」



「あ……


 すみません、つい……」



 先日のこともあり、素直に頭を下げ、落胆する武僧だったが、ケロリとした様子の狙撃手が剣士の疑問に答えた。



「猪突猛進なんじゃねぇよ


 コイツは自分の得意な間合いで戦おうとしただけだ」



「それにしたって、あそこで飛び出すのは危ないでしょ」



「だが見ただろう、コイツの対応力は?


 結果オーライなんかじゃねぇ、間違いなくあの判断の仕方は経験に裏付けされた動きだって、近くで見てたお前なら分かるだろ?」



 剣士が鼻を鳴らす。



「……そうね、そうだったわ


 侮ってたのは私の方だったみたい


 ごめんなさいね、メルミーちゃん」



「い、いえ、ティレンさんが謝るようなことでは……」



 剣士は短刀に付着したトロールの体液をマントで拭ってから、それを収めると、改めて武僧へ向き直り、溜め息を一つ吐く。



「悪い癖なのよ、私のね……


 昔から連携を取るのが苦手で、ずっと一人だけで冒険者やってたから、なのかも」



「あー、メルミー、お前も分かると思うが、ある程度技量があるヤツが一人旅してっとこういう、が出る


 ティレンはなまじ強いどころか、アタシの目から見ても異様に腕の立つ剣士だ


 一人で何でも出来ちまうのはそれはそれで便利だが、それだけじゃ上手く行かないことも出てくる


 今回みたいにな


 ついでに言うが、ティレン


 お前さんの得物に付いてる銃はサイズからして対人用だ


 あんだけ興奮してるデカブツ相手にゃ大して効果はねぇよ


 珍しく当ててたのは悪くなかったが」



 至極、冷静な口調で狙撃手が二人を眺めながら説明し、倒れたトロールの姿を見る。



「このトロールとグレムリンは、街に入れるにはかなりマズい危険な奴らだった


 そういう意味での判断はティレンが正しい


 それを察して、短期決戦に臨んだメルミーもまた正しい


 ──だがティレン、あの射撃は無駄撃ちだ


 弾代が勿体ねぇから相手は選べ


 それとメルミー、馬車ごとぶっ飛ばしたのはナンセンスだ


 あの中に奴さん方が隠してた物まで焼いちまったら証拠集めが難航する


 今はまだ、前衛同士での連携が取れないのは仕方ねぇとして、それを今発見出来たのは収穫じゃねぇか?」



「まさか、それでアンタ、ワザと離れたわね?」



「半分はな、妹のプレゼンをするのも姉の仕事って奴さ


 それにお前も一人の時じゃ分からねぇ自分の悪い癖が分かっただろう?


 残りの半分は、頭の良い手合いの前で狙撃手が姿を晒すのが一番の悪手だからだ」



 カラカラと笑った狙撃手は武僧の頭をワシワシと撫で、剣士へと向けて小さくウィンクする。



 盛大な溜め息を吐いた剣士は、思わず頭を抑えてしゃがみこんでしまった。



「完敗よ、完敗……


 もう好きなだけ着いてきて頂戴二人とも」



「おいおい、そりゃ依頼主が雇われる側に頼む言葉じゃねぇだろ?


 お前ェも素直じゃねぇな


 あるだろ、そういう時に言う言葉ってのがよ」



 ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる狙撃手に、妹の武僧が若干引き気味に苦笑いしている所で、剣士は顔を真っ赤にしながら立ち上がり、やけっぱちに叫んだ。



「煽ってんじゃないわよ!


 はいはい!


 わかりました!


 


 私の旅に着いてきてください!


 これで良いんでしょ!?」



「反省したか?」



「しーまーしーたー!


 ……メルミーちゃんの実力は本物よ


 ちゃんと頭に叩き込んだわ


 私ももう少し考えて戦うことにする」



 改めて満面の笑みを浮かべた狙撃手は、再び武僧の頭を盛大に撫で、その背中を軽く押す。



「あ、あの、ティレンさん!


 こちらこそ、未熟な部分は沢山ありますが、御指導御鞭撻の程、よろしくお願いします!


 足でまといにならないように頑張りますので……!」



「いやいや、ならないならない


 そんなに謙遜することないから


 私もメルミーちゃんがどれだけパワーあるか分かったし、きっと助けになってくれると思う


 私も未熟な所があるのは事実だし


 だから、改めてよろしくね?」



 剣士は気恥しそうに微笑みながら、手を差し出し、武僧に握手を求める。



 武僧もぱあっと笑顔を見せ、剣士の手を握ると、それをブンブンと振り、喜んでいた。



「改めてアタシからも礼を言わせてくれ、ティレン


 メルミーを助けてくれてありがとうな


 お前が居なかったら、アタシもコイツも今ここに居なかったかも知れねぇ


 お前はアタシら姉妹の恩人だよ、助かった」



「そうね、あの時アンタを森で助けたのは正解だったわ


 ──それじゃ、帰って報酬の話でもしましょうか!」



「げ、そうだった……


 クソ、結局金の亡者かよ……」



 剣士はクスクスと笑うと、姉妹の姿を見て安堵の表情を浮かべる。



「ま、ちょっとしたアクシデントはあったけど、帰ったらフカフカのベッドも待ってるわ


 早く街に帰ってこの遺体のことも報告しないとね」



「──そうだな


 今夜はよく寝られそうだ……」



「私も安心したら何だかお腹空いちゃいました……


 早く行きましょう!」



 ──かくして、冒険者の少女は救われ、三人は街へと帰ることとなった。



 武僧の少女救出劇はこれにて幕を閉じる。



 そして、爆ぜる勇気の弾丸を一行に加えた自由で無謀な冒険者と元軍人で流れの傭兵の旅はまだまだ始まったばかり。



 とはいえ、戦士には休息も必要──



 三人は久々に、柔らかいベッドの上で素敵な夢を見ることが出来るのであった……。





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