死んだら天国行けずに地獄の閻魔になっちゃった
ツーチ
章の日常編
第1話 地獄の沙汰も金次第
ここは日本の首都、東京。かつて日本が敗戦で焼け野原になってから戦後の復興のために、日本中から人々が集まり、創り上げた首都である。
戦後の日本に希望をもたらした東京タワーの周囲にはいまや引けを取らぬほどの高層ビルが立ち並ぶ。
先人たちは泥にまみれ、幾多の
人々の生活はやしだいに豊かになり、活気に溢れ、明日は今日よりきっと良くなるという一点の曇りもない希望に満ち、やがて日本は高度経済成長期を経て空前のバブル期を迎えた。
人々は狂気し、これから先も日本の発展はゆるぎないと信じていたに違いない。
だが、そんな期待とは裏腹にバブルは破裂。それと共に人々の心もまるでしゃぼん玉が割れてしまったようにしぼんでしまった現代。それから30数年経った日本。景気は低迷し、人々の暮らしは年月とともに劣悪なものになっていった。
そんな低迷の時代、官僚になった1人の女がいた。彼女の名は
♦ ♦ ♦
東京霞が関、某省
現在は課長補佐1年目として政策のための資料集めや課長との打ち合わせ、議会対応の説明資料の作成等、日々の業務をこなしている。朝は7時には出勤し、夜は午前様であればよい方で週の半分ほどは泊まり込むような日々を過ごしている。
「日下。この資料なんだけどさぁ」
「あっ、はい……この前作った資料ですよね、これ」
「悪いけど別のデータが載ってる資料に作り直してくれないか? 」
「えっ……で、でもその資料は色々なデータを平均してちゃんと調べたうえでのもので……」
「いや、分かってるんだけどさ。ほらっ、この内容だと答弁で説明してもらう時に内閣の方針と合わないだろ? だから、悪いんだけど……頼むわ」
「わ……分かり…………ました」
課長から指示されたのは資料の作り直し。しかもその資料はしっかりとデータを精査し、正しいという自信を持って提出した資料であった。その資料の差し替えの指示を今、京子は受けた。そんな課長の言葉に京子は納得できなかった。
様々な資料を読みこんで調べ上げたそれは、
間違ってる。
そう感じた。にもかかわらず、間違っていると言えなかった。言わなかった。
(……仕方ないよね。あたしが間違ってるって言ったって……何も…………何も変わらないもんね)
しかし、そんな課長補佐としての日々の業務も突然終わりを告げることとなる。
♦ ♦ ♦
「うっ……」
「あれ? どうしたんですか……日下さん」
「くっ……苦しいっ!!」
「えっ!! ちょ、ひ……日下さん!? だ、大丈夫ですか!? だ、誰かぁ!! 救急車!! 早く救急車を呼んでくれぇ!!!」
が、迅速な救急連絡や必死の救命もむなしく、京子はあっけなく命を落とした。
32歳の若さであった。
♦ ♦ ♦
(ああ……あたしの人生って、こんな終わり方をするんだ。……一生懸命頑張って…………日本のために頑張ろうとしたのにな……)
(いや……そんなに頑張ってなかったのかも…………資料の作り変えにも……結局は同意しちゃったし…………全然、ダメじゃん……あたし。。)
間違っていると思うことでも間違っていると言えずに流されるように生きてきた。
(もっと……間違ってることをおかしいと思うことをはっきりと間違ってるって言えてたら……日本も……あたしも……少しは変われたのかな?)
薄れゆく意識の中で、京子はひそかに願う。
(……もし。死後の世界があるのなら……今度こそちゃんと。…………間違ってることは間違ってるって言えるような……そんな生き方が出来たらいいなぁ。……死んじゃってるけど)
そんな死にゆく身体で叶うはずのない願いを頭に浮かべた――その時、
(あれ、何か……左目が……あ、熱い……!)
真っ暗闇の視界にかすかに何か音がするようなしないような……そんな中で京子は左目に今までに感じたことのないほどの熱さを感じた。
「………………」
♦ ♦ ♦
「……………………」
(……あれ……ここは?)
ふと、辺りを見渡すと周りには全身を白い服で身を包んだ人々が何やら大勢いた。死人が
(あれ……さっきまで……あたし……スーツを着てたはずなのに)
京子は先ほどまで着ていた服を思い出す。
自身が着ていた服装。――いた場所。――していた仕事。――慌てる周囲の声。――けたたましく聞こえるサイレンの音。――呼びかける救急隊員の声……。
(……あ、そっか)
そして、京子は自らが死んでしまったことを
(……そっか。あたし、死んじゃったんだ。………はぁ……やりたいこと、いっぱいあったのになぁ。。)
辺りを見渡すと周りに並んでいる人々が川に浮かぶ船に次々と乗り込んでいる。
(……こ、これは……話で聞いたことのある三途の川というものなのでは?)
人々と共に列に並び前に進んでいくとやがて船のある場所でなにやら資料を持っている人物が見えてきた。さらに列が進むと次第に声が聞こえてくる。
「えっと……地獄。次は……あっ……地獄。次も……地獄。え~、あなたは………天国っと……」
(……そっか、あそこで天国行きと地獄行きを分けているのね……。でも、聞いた話とイメージが違うな。お話なんかでは閻魔様の前に行ってそこで判決を受けるもんだと思ってたけど意外と業務的な感じなんだなぁ)
視線の先には白装束の女が列の人々を振り分け、別々の船に乗せていく。船が白で満たされると船は動き出し、離岸する。どうやらはるか向こう側にうっすらと見える地を目指しているようである。
(みんなどこに行くんだろう? あそこに見えるのが、天国なのかな? あたしは、どっちなんだろう? ……地獄ってことは………ないよね。一応、国のため国民のみんなのために色々と頑張って過労死しちゃったんだし)
そんなことをぼんやりと考えながら自分の番を待って列を進んでいく。
(……まぁ、天国に行ったらそれはそれで楽しいかもなぁ。おいしい物もいっぱいありそう。あっ、桃の木とかあるといいなぁ。生きてた時は激務で果物あんまり食べられなかったしなぁ)
「えっと、次は。日下……京子。ん? ………ん!?」
(……はぁ、天国って他に何があるんだろう?? デパ地下とかあるといいなぁ。あ、でも天国だからあってもデパ地上か……)
早々に天国行きの後の暮らしを妄想し、上の空になっている間にいつの間にか京子への審判の順番がやって来ていた。
「えっと、日下京子……地獄……え……ま!?」
「……………ん?? ……えっ、な……何て?」
一瞬にして妄想世界から戻って来た。上の空の耳にも確かに聞こえた。聞こえはしたが、もう一度聞き返さずにはいられなかった。きっと上の空になっていた耳が聞き間違いをしたのだと。京子は目の前の女に聞き返した。
「あれ? よく聞こえませんでしたか? えっと、あなたは地獄……の……」
「……いや~~~~~!!!」
「あ、あの、ちょっと……」
「いやいや、地獄なんて行きたくない~~~っ!!!」
京子は取り乱した。まさかの通告であった。一応、人並みにはしっかりとは生きて来たという自負があった。それがまさかこんな判決が下るとは、想像もしていなかった。
「えっと、そうじゃなくって……あなたは地獄のえん……」
「いやじゃ~~~~~!! 地獄なんて行きたくない~~~っ!!!」
京子は再び絶叫した。まさか自分が地獄に落ちるなんて。絶対に受け入れたい現実であろう。
「はぁ。……まぁ、いいや。とりあえずそっちの船に乗せちゃってくださ~~い!!」
女がそう声をかけると近くにいた数人の人物が泣きじゃくる京子を強引に船に乗せ込んでゆく。
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