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『新古事記』 村田喜代子

『新古事記』 村田喜代子


 第二次大戦日米開戦後のアメリカ、日系三世のアデラは物理学者の夫と共にニューメキシコの某所にやってくる。夫の仕事の内容も教えられず、肉親に住所を伝えられないその場所には、科学者とその家族やペット達が連日のようにやってくる。何も無かったニューメキシコの大地にはやがて科学者たちの町が出来上がる。その町の動物病院のアシスタントとして働くアデラは、彼らのペットである動物達を通して科学者の妻達と知り合ってゆく。ベビーラッシュを迎えたのか次々に出産してゆく動物達に触発されたように、科学者の妻達も妊娠してゆく。

 科学者の妻達や町で働く先住民達と交流し、平穏な日々を過ごすアデラだったが、私書箱を通した手紙のやり取りでないと外部と通信できないこと、妻の自分にも教えられない夫の研究内容など、そして自分のルーツでもある日本とアメリカの戦争について思いを巡らせずにはいられない。アデラの先祖は咸臨丸に乗ってアメリカに渡った日本人だった。先祖を快く受け入れてくれたアメリカ。アメリカ人として生きる決意をした日本人。かつては良好な関係だった両国なのに。

 町には新しい命が溢れ、科学者たちの研究は進んでゆく。そしてそれは戦争の行く末を決定するある成果として結実するのだった。

 

 

 日系三世の女性の目から通して、マンハッタン計画とトリニティ実験に携わった人々の暮らしを語る小説。映画「オッペンハイマー」の公開より少し前に単行本は出たような。映画の方は未見だけど、合わせて読みたい一冊。

 村田喜代子さんの小説は、読んでいると非常に気持ちよくなってくるので時々読んでいる。

 

 次々に妊娠してゆく動物たちや科学者の妻達のユーモラスで平穏な日々と並行して、原爆の研究と開発が進められていたというのがやはり恐ろしい。すべて極秘裏の計画であった点を除外しても、日系人であるアデラの家族や親族とは連絡が容易ではないことも当時の政策を考えるとやはりゾッとする箇所である。科学者たちが何故にこの計画に参加した事情を鑑みても。

 新しい命が生まれた現場で一瞬で大量の命を奪う兵器が産み出されたのは、なるほど神話的であるな、と芸のないことを思った。

 

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