『ガケ書房の頃 完全版 そしてホホホ座へ』 山下賢二
『ガケ書房の頃 完全版 そしてホホホ座へ』 山下賢二
かつて京都の北白川に存在した異色の本屋ガケ書房。外壁から車が半分飛び出している店構えや、個性的な本のラインナップ。個人の古本販売スペースもあればなぜかライブスペースもあるという唯一無二の本屋の店主で、現在は別の場所でホホホ座という店を経営している著者による回顧録。
ガケ書房といえば車である。
今となれば結構な昔になる二〇〇〇年代の中ごろ、たまたま京大の近辺でバイトをしていたので周辺をよくウロウロ歩き回っていた。ウロウロの最中に見かけたのが車が飛び出した妙な店だった。おかしな店があるものだ、車が看板なんだからカー用品屋か、それともエンターテイメント性を強調した飲食店か。何にしても自分には縁のない店だろう。そう思い込んで興味を抱くことなく近所を何度か通り過ぎた後、ふと例の店に目を止めて壁から突き出た車のそばから視線を移動してみれば、扉の上に木製の看板が掲げられている。そこに記されているのはガケ書房という屋号だった。書房、ということはつまり本屋である。お前、本屋だったのか!? 壁から車を飛だたせておいて、本屋!
本屋古本屋の類は素通りできない気質なので、また後日おそるおそる店を訪ねてはそのユニークな店内に魅了された。
しかし京大の近所のバイト先はなかなかブラックな職場だったので長く続かず数か月で辞め、そうなると北白川からも足が遠くなり勝ちになる。件の書店はふらっと訪れる店ではなく、「ああいう楽し気なお店を作って働いてみたいものだ」と逃避する場所へと変化する。そうこうしているうちに京都からも去ることになり、ガケ書房はいよいよ思い出の中できらめくものと化していったのだった。
私が手に取ったこの本はちくま文庫版である。数年前にこの本を書店で見かけるまで、ガケ書房が閉店していたことなど知らなかった(ひょっとしたらそれ以前のtwitterで閉店の情報ぐらいはみかけていたかもしれないが、記憶が曖昧である)。
そうかあ、ガケ書房閉店していたのかぁ。寂しいなあ。ともあれあのお店の創業者さんの本ならば読まねばなるまいなぁ。そんなノリて手に取って購入し、数年積んだのちにようやく目を通し、そしておおよそ一年後になってようやくこうして感想を打ちこんでいる。
私ごとを長々と書き込んだけれども、突き詰めれば「北白川にあったガケ書房というユニークな本屋さんに憧れていた」に集約されてしまうのだった。
本書でつよく印象に残っているのは、「楽しそうに見えるお仕事には苦労がつきもの」という働く大人の真実であった。毎月の資金繰りは大変だし、ライブやりたいだけの迷惑な客も来るし、仕事にうちこむと家族のケアが疎かになるという、ごく当たり前の内容である。しかし、魂の逃避場所としてこの店のことを思い返す身からすると、その当たり前の事実を語った場所が一番刺さったのだった。「楽しい」「個性的」をやるにあたっても、それを提供する人間が個性と楽しいだけの人間では困るのである。社会性って大事……。
意外だったのは、店主のセンスにものを言わせるセレクト書店のような形式には懐疑的な態度をとられていることだった。
このようにまとめてしまうとつまらない本のようになってしまい不本意なので、他にも印象的な箇所を残しておく。
知らない世界の存在を感じた親しい町の本屋、ふとしたノリから言葉を発するのをやめてそのまま無言で数年間過ごした子供時代。ビジョンがあるわけでもないのに勢いで東京に家出して様々なバイトに手を出したりミニコミ誌を作って売り込んでいた時期のことは、今では失われた青春の形のようで「ムチャクチャだな」と呆れてしまうと同時にとてもまばゆい。
ガケ書房閉店の後に和歌山の山間地域にある施設の書籍売り場のプロデユースを担当されていた時期に、その地域の子供たちが『コロコロコミック』を買うには遠く離れた地域の本屋にまで行かなければならないという事実を知り、ならば必ず『コロコロコミック』は毎月仕入れることにしようと決意される所が好きだった。本屋さんとして無限に信頼できる姿勢であった。
ところで現在経営されているホホホ座の方とは縁がないままである。いつか訪れる機会がくるのかどうか、そのあたりも不明である。
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