『線が血を流すところ』  ジェスミン・ウォード

『線が血を流すところ』

 ジェスミン・ウォード  石川由美子 訳


 アメリカ南部の町ボア・ソバージュで暮らす双子の兄弟、ジョシュアとクリストフ。二人は祖母のマーミーや親戚たちに見守れながらともに育つ。高校を卒業してから二人でそろって面接を受けた仕事にはジョシュアだけが合格し、クリストフは受からなかった。その後もクリストフは就職先を探し続けるが、高校時代にバスケットボールで活躍していた程度の黒人の青年を阻む社会の壁は厚い。尊敬していた幼馴染も家族を食べさせるためにコカイン以外のドラッグを売り始めている。薬中になって落ちぶれ、施設から帰って来ては街中を徘徊する実父の姿を目にして育った双子たちははクスリや売人を嫌悪していたが、クリストフには働き口は見つからず金も手に入らない。時間を持て余すしかないクリストフは幼馴染に仕事をわけてもらうようになる。

 一方、港湾で働くようになったジョシュアも日々の過酷な労働に疲れ果て、家に帰っては寝るような毎日が続く。クリストフとの距離も広がりだし、兆候を感じても口がはさめなくなる。

 不穏なものをはらみつつも双子たちの日常は一見穏やかに続いていたのだが──。


 

 日本語版が出ると読んでる作家、ジェスミン・ウォードの三冊目。本国版では本作がデビュー作で、既刊の二冊『骨を引き上げろ』が第二長編『歌え、葬られぬ者たちよ、歌え』が第三長編となるらしい。日本語版の刊行はちょうど本国版との刊行順と逆なんだそうだ。

 これまでに読んできた著者の小説といえばとにかく容赦がなく、人種差別や貧困や格差などが容赦なく登場人物を翻弄するものだったが、本作は過酷は過酷だけどそれまでに比べて随分やさしく温かい。それが意外だったけど、それは長編デビュー作だったかららしい。ジェスミン・ウォードの小説は著者本人が生まれ育った場所がモデルになっているが、そこを描くには登場人物を大切に思うあまり情けはいけないと本作執筆後に考えを改めたかららしい。暴力が原因で家族や親しい人たちを何人も失い、ハリケーン・カトリーナの被災者でもある著者による「人生は私たちに容赦などしないのだから」という言葉が実に重い。

 とはいえ、比較的優しいストーリーであるからこそ、双子たちを見守る祖母や親戚などコミュニティに属する人々の温かい繋がりや、ガールフレンドとのやりとりに癒されたりもする。特に祖母のマーミーが作る南部料理の描写が良かった。食材としてエビが良く登場するので、読んでいると無性にエビが食べたくなる。


 決して楽しい話を書く人ではないのだけれど、なぜかものすごく好きな作家である。できればずっと訳し続けてほしい。

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