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『ヴィレット』(上・下)  シャーロット・ブロンテ 

『ヴィレット』(上・下)

 シャーロット・ブロンテ  青山誠子 訳


 身寄りのないイギリス人女性のルーシー・スノウは、海を渡ってラバスクール王国の首都ヴィレットにたどり着く。そこでマダム・ベックの経営する女子寄宿学校で英語教師に雇われて生活の糧を得ることとなった。辣腕で教師や生徒たちのプライバシーを侵害するマダム・ベックや騒動を巻き起こす生徒たちに振り回され、未経験の教師業にも体当たりで経験するうちにどうにかこうにか形になってゆくルーシー・スノウ。しかし、親しい知り合いも友人もいない外国での生活に、内向的で堅実な性格のルーシーは次第に疲れ孤独感を強めてゆく。そんな折に、幼馴染の医者グレアム・ブレントンと再会する。社交的で親切なグレアムとその母親に救われたルーシーは次第に彼に好意を抱くようになるが、グレアムは寄宿学校の生徒で不実な令嬢のジネヴラ・ファンショーに夢中で、ルーシーの気持には気づかない。ルーシーも自らその気持ちに蓋をする。

 自分は派手なロマンスには縁がない人間であり、仕事を身に着けてゆくゆくは自分の学校を持とう。いつしかそんな目標を抱くようになるルーシーだが、ある時から同僚の男性教授ポール・エマニュエルとさかんに言葉を交わすようになる。色黒の小男で美男とは言えず、その上癇癪持ちで独断的なエマニュエル教授とは口論が絶えないルーシーだったが、同じ時間を過ごすうちに彼の善良さや高潔さに気づかされ、二人は互いに敬愛しあう関係になる。しかし、二人が一緒になることを望まぬ人々の手によってその関係は引き裂かれそうになるのだった。


 

 『ジェイン・エア』で知られるシャーロット・ブロンテの長編小説。方々で傑作だと評判になっていたので読んでみた。ちなみに『ジェイン・エア』は未読である。ちなみにラバスクール王国と首都ヴィレットのモデルはそれぞれベルギーとブリュッセルだそうだ。


 ヒロインのルーシー・スノウが旅立つまでに結構なページ数を要するので、最初のあたりは戸惑いつつ読んでいたけれど、途中からベラボウに面白くなるので下巻の中ほどからは一気に読んでいた。女性が外に出て働くものではないとされていた時代に女性によって書かれた小説は大体面白いという印象があるけれど(言うてもジェイン・オースティンくらいしか読んでいないが)、本作はその中でも群を抜いて面白かったように思う。むしろこんなに面白いのに『ジェイン・エア』と比べて非常にマイナーなのは何故!? 世界名作全集に入ってなければおかしいだろう? くらいの衝撃がある。

 身寄りも財産も美貌の持ち主でもないが堅実な未婚女性と、魂は高潔だけど別段美男子でもない上に性格に癖がありまくる男との微笑ましくもほろ苦いラブストーリーという、地味さも極まったような物語が主軸の小説なのに、寄宿学校に集う女子生徒たちの騒々しい授業の様子発表会や遠足といった行事、脇役たちの恋愛事情、寄宿学校に伝わる尼僧の怪談などのエピソードを繰り出して、読者をぐいぐい引っ張りこむ力が異様である。

 学校内のことは全て自分の監視下におかないと気が済まないマダム・ベックや、生活に困らず愛情豊かに育った根っから陽キャであるがゆえに陰気な人間の心情には疎いグレアム・ブレントン、そんなグレアムに恋愛遊戯をしかけて優越感に浸ってはその有様をルーシーに逐一報告する驕慢な令嬢のジネヴラ等、クセがあったりなかったりするキャラクター達が読み手に与える説得力もものすごい。というか、ちょっとした情景描写などから伺うに、作者の観察力がとんでもない。微に入り細を穿つとはこのことか! というレベルでよくものを見ていることが嫌でもわかる。

 最初は「こんなめんどくさい男、やめちまえよ」という印象しかなかった筈のエマニュエル教授の魂の高潔さに心打たれたり、ルーシーの細やかな恋愛に暗雲垂れこめる展開にハラハラしたりしつつ、さすが文学史に名を残すような作家は名を残すだけの仕事はしているんだな、とつくづく感じ入る読書になった。本当に良い小説を読んだよ……。


 結婚に夢を見ず、手に職をつけて生きることを選んだ未婚女性というルーシーが選ぶ人生の在り方や、完全無欠のハッピーエンドだと思わせといて……! と衝撃的な結末を迎えたルーシーの生き方などになんとも言えない余韻があって、現代でも深く響くものがあった。エマニュエル教授の方も、その善良さや高潔さをある種利用されるような生き方を強いられている様が描かれているのも印象深かった。

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