2-14.想うこと、配慮すること
思ったより、待っている時間は長い。
演習を終えた群衆が門を超えると、アレッシアは間もなく待ち人を見つけることができた。向こうもアレッシアを見つけると、騎獣を配下に任せ、アレッシアの元へと向かってくる。
「おかえりー」
出迎えるアレッシアに「ああ」と応えるものの、その様子は芳しくない。彼女としてはなにかしたつもりはないが、彼としては言いたいことがあるらしい。
アレッシアはニキフォロス達にも手を振って、彼らが過ぎるとルドが忠告した。
「ただでさえお前は目を引くのだから、目立つような真似はやめろ」
「目立つようなって、もしかしてお出迎えのこと?」
「そうだ」
「それならいまさらだと思う」
わかっていないな、というため息を吐かれてしまうも、アレッシアは彼の言葉を理解していないのではない。むしろ、己の容姿が現実離れしている点においては、追放地に来てから嫌と言うほど実感している。
ロイーダラーナにおいては、それこそ燃えるように真っ赤な赤毛も、深い緑色の髪も……アレッシアの青銀は見かけないけれど、珍しくはない。少々変わった毛色の人がいても、人々は神々の祝福だと人々を持てはやすけれど、追放地はそうではない。
人々の髪の色は黒、茶、金、くすんだ赤毛が主で、それこそ彼女のように抜けるような白い肌も、太陽の光を浴びて輝く髪を持ち、滑らかな上物の生地で織られた衣を纏う娘はいなかった。容姿もずば抜けて整っており、付き従うのは、もはや幻とまで謳われた人狼だ。これで人々に無視されるというのは難しい。
アレッシアが要塞に来て間もなく、彼女の存在は瞬く間に噂に上ってしまったし、その珍しい容姿から、一目拝んでみようとこっそり見物人が出る始末。彼女は見物人の存在は知らないけれど、行く先々で好奇の視線に晒されているのは知っている。
むしろロイーダラーナでもある意味注目の的だったから、感覚が麻痺してきている。
ルドはテミス達も労った。
「これのお守りもご苦労だった。この後は俺が引き受けるから、お前達はゆっくり休め」
「あ、待ってよルド。テミス達も一緒にご飯食べよう」
「……全員でか?」
「そう、私の部屋に運んでもらお。今日はそういう気分なの」
「お前がそう言うなら構わないが……」
「ご飯の量は多めにね。お腹空いちゃった」
などとは言うが、いざ食事となればアレッシアは多くを食べられない。空腹は訴えているのだが、いざ食物を食めば、意外に量が入って行かないのだ。
これに対しテミスは小食だと言うが、アレッシアは納得できない。
「これでも孤児院では一番食べる方だったんだけどなぁ」
「……アレッシアは孤児院育ち?」
「そ。同い年くらいの女の子たちと質素な暮らしをしてたから、ホントに貴族とかじゃないんだよ」
満腹になるとテミス達は帰らせる。ルドも同様に引き上げさせようとするのだが、その前に彼はある伝言を伝えた。
「明日はニキフォロスが散策に出たいそうだ。お前の同行も望んでいたが、一緒に来るか?」
「行く行く」
二つ返事で引き受けたから軽いと思われたが、ニキフォロスに用事はあった。
翌日は陽が昇る前に文字通りたたき起こされ、眠い目を擦りながら部屋を出る。部屋はあたたかいから勘違いしていたが、外気に晒された瞬間に身を震わせるアレッシアに、ルドが用意していた外衣を羽織らせた。
どうやらまずは要塞を囲む城壁上の歩廊を歩くらしい。長い階段を昇り終えると、広場にニキフォロスが立っている。
おはよー、といつも通り挨拶をしようとして怯んだ。
「やあ、おはよう、アレッシア殿」
「お、おはよう……?」
挨拶するニキフォロスの背後には、ザカリアという王子の側近も立っている。そこまではよかったが、これに加えこの要塞自体を任されている老人や、軍師といった面々も立っている。後ろにはテミス達も控えているし、まるで殿様行列ではないか。
息を弾ませるアレッシアに、王子は相変わらず人好きされそうな柔らかさで笑う。
「ここの階段は長い。どうせ話は長くなるし、ゆっくり歩こうか」
城壁ならば先日アレッシアも歩いたが、ニキフォロスがいるのといないとでは、入らせてもらえる区画が違う。
初めのうちはニキフォロスと、各将との報告会だ。どうやらタダムの国によりタヴェルは根こそぎ滅ぼされてしまったらしく、あの砦も占拠されてしまったらしい。タヴェルはニキフォロス率いるミノアニア勢を警戒しているものの、損失が激しかったとのことで軍勢は引き上げ気味。本国はいずれニキフォロスに帰還命令を出すかもしれないといった話だ。
この報告に、ニキフォロスは憂鬱そうなため息を吐いた。
「いとこ殿は助からなかったか……」
「捕虜になっているか、逃げ延びたとの噂もございます。一度打って出るのもよろしいかと存じます」
「父上は許してくださるだろうか」
「ミノアニアの目の前で蛮行を許しては国の威信が傷つきましょう。一度痛手を負わせておくのも悪くございません」
「兵が傷つくのは好ましくないが……いとこ殿を探す手がかりにはなるやもしれないか」
こんな会話を傍らに、アレッシアは極力関わらぬように彼らを見ている。こんなことを言うのは失礼だが、ほとんど観察といっても変わらない。上では追放地なんて呼ばれる地だけれど、しばらく過ごして思うのは、彼らもまた同じ人間であるということ。
ここに神は存在しないが、人々は神を信仰しているし、とても信心深い。忌み嫌われる理由がまったくみえないのが不思議なくらいだ。
普段は侵入を許されない場所は、遠い地平の向こうに豊かな大地が広がっている。大きな湖もあるらしく、朝焼けの美しさに足を止めていると、いつの間にか隣にニキフォロスがいた。
「ここからの眺めは素晴らしいって思ってくれるかい?」
「あ」
「すまない、驚かせるつもりはなかった」
柔らかく笑う王子が、眩しそうにアレッシアと同じものを見つめる。その横顔はミノアニアなる国を愛する、ただの少年だ。
アレッシアとニキフォロス達から、大人や奴隷は距離を開けている。彼は聞こえないようにそっとお礼を告げた。
「テミス達に気を遣ってくれてありがとう」
「なんのこと?」
「食事だよ。奴隷の彼らにも満足に配給は行き届くよう頼んではいるけど、備蓄を考えると、どうしても彼らの優先順位は下がる」
「……別に、食べきれなかっただけ」
知らない振りをしたが、実際はその通りだ。アレッシアは育ち盛りのテミス達が満足に食事を摂っていないことを知っていたから、本当は腹が空いていなくても、ことあるごとに食べ物を求めたし、共に卓を囲むことを望んだ。昨日もアレッシアに気を遣ってレアが食事量を減らしていたのも知っていたから、余った食事はもったいないからと持ち帰らせている。
ただ、自身の行いが彼らのプライドを傷つけるかもとは思っているから口を噤む。
なぜなら「私が彼らに施しを与えている!」なんて声高に叫ぶのは烏滸がましいし、ありがたがって感謝してほしいわけでもない。でも、それを声に出すには、アレッシアと奴隷達を隔てる見えない壁が高すぎる。
ただ、一緒にお腹いっぱいに食べて欲しいだけ――。
本当の意味で奴隷達の気持ちを汲むことはできないけれど、アレッシアなりに考えた配慮を、彼らの主であるニキフォロスは見抜いていた。
バレたのが恥ずかしいアレッシアは、少し頬を赤らめながら気難しげに唇を結ぶ。
そんな姿をニキフォロスは眩しそうに笑い、ある方向を指差した。
「あちらの方がより良く遠くを見渡せる」
彼が誘ったのは歩廊を囲む小壁体がもっとも低い場所だ。アレッシアの背丈でも両手を付くことが可能な凹凸の矢狭間からは、想像以上に外を見渡せる。これまで見てきた景色とは違う新たな世界にアレッシアが喜びの声を上げ、途端に機嫌を直す姿に「単純すぎる」とルドが頭を抱えているようだった。
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