第14話 巫女がいい人とは限らない

 トリュファイナは慈愛を称えた笑みを浮かべているが、なぜだろうか。アレッシアには彼女の笑顔が歪んで見える。

 

「……えーと、さ」


 なんとなく、なんとなくなのだが、このマルマーの巫女トリュファイナ。初対面なのに良い印象を抱けないのはアレッシアが悪いのだろうか。


「もしかしなくても、あなたがヴァンに私が来ないはずって伝えたの?」


 さしものアレッシアとて会話は覚えている。彼女がヴァンゲリスに「五人目の候補者は現れない」と言ったから彼は荒れたのだ。アレッシアに影響はなかったけれど、気分の良いものではない。

 アレッシアの問いにトリュファイナは悪びれもせず頷いた。


「ええ、実際貴女が現れるまで五人目は不在となりました。どうやらわたくしが“視た”のはそこまでだったようですが……」


 まるで値踏みしてくる目つきが失礼だった。


「どうにも納得できなくて、いても立ってもいられなくなりました」

「納得できないって、なにが」

「まあアレッシア。そんなに怖い顔をしないで。わたくしたちはたしかに争い合う関係にあるけれど、いまはまだ休息時間です。それに試練の内容がどんなものかもわからないし、もしかしたらこの先は手を取り合う必要だって出てくるかもしれないのよ」


 そう告げると意味深にヴァンゲリスに視線を投げると、彼女の護衛二人が刺々しく言った。


「仮にも女神候補者たる御方を立たせたままにするのが候補者殿やストラトスの礼儀か?」


 あからさまな物言いに戸惑った。なにせ生まれてこの方、おそらくは“前の自分”であってもこうも露骨な敵意と嫌がらせに思しき態度を向けられたことがない。見聞きした物語ではそういうのもあったのかもしれないが、いざその場に立ち合えばなんと言って良いのかわからなくなる。

 自らの護衛にトリュファイナはころころと笑う。


「まあ、そんな言い方をしては駄目よジェーン。だってアレッシアは世間を知らないのですもの。無知でなかったら巫女に対する礼儀を失するわけないわ」


 そして自覚した。彼女は自覚を持って嫌味を言っている。なぜ初対面の人間からそんなことを言われなければならないか、甚だ不服だけれど、周りの反応を見るに、同じ候補者として下手な扱いはできないらしかった。


「あ、アアアレッシア、トリュファイナ様はだね、預言について君に謝罪したいと言って……だから我が家に案内を、だね?」

「……ヴァン、トリュファイナを中に案内して。お茶は一番安いやつでいい!」


 そのためできる反抗といったらこの程度だが、トリュファイナは変わらずにこにこと笑っている。案内された彼女は用意されたお茶を一口啜ると驚いた。


「まあ、本当に安物を用意されるなんて」


 カチンときたのは、同じ茶器から注がれた茶の感想が「美味しい」だったからかもしれない。たった少しの付き合いだが、パパリズの用意してくれるお茶はお気に入りだ。世の中には本当にお茶淹れマスターなんて人がいるなんて! と感激したほどだったから、彼女が馬鹿にされたみたいで腹立たしい。

 ヴァンゲリスははらはらとした様子を隠せず自らの執事を見たら、肝心の筆頭執事と、同席したイリアディスはどこ吹く風だ。これがアレッシアとトリュファイナを天秤にかけた結果なのだとしたら、内心でガッツポーズを作った。

 足を組んだ。行儀やら巫女への礼儀うんぬん知ったものか、どうせ相手にとって自分は世間知らずなのだから、ご希望通り無礼者になってやろうではないか。


「それでトリュファイナ」

「いきなり様付けをしないとは予想外だったけど、なにかしらアレッシア」

「……言いたいことはたくさんあるんだけど、なんでヴァンゲリスに五人目は現れないなんて言ったの。試練に際して、候補者は他の候補者達の家に干渉するのは禁じられてるはず。あなたが巫女だからだなんて言い訳にならないんじゃないの」


 普段は少女としての側面が強いアレッシアだが、このときばかりは怒りのあまり大人としての側面が出ていたかもしれない。


「あらアレッシア。ヴァンゲリス様に助言したときは、まだ儀式は始まってもいませんでしたよ。従ってそのときのわたくしはただの巫女。神々に仕える者として、ストラトス家のため助言を行ったのです」

「その助言は思いっきり外れてるじゃない。あなたの予知がどれほどのものかは知らないけど、当たりもしない予言なんかをされた方の身になったらどう」


 アレッシアに害はなかったら怒る必要がなかったのは自覚している。だが乱暴な物言いにはヴァンゲリスは「ひぃ」と青ざめた、トリュファイナの護衛も怒りを露わに顔を歪ませた。

 彼女達を恐れなかったわけではないが、背後にはリベルトがいる。彼がいるならきっと大丈夫と……強気に言ったら、何を思ったか、相手ははらはらと涙を落としはじめた。


「あっ、ああ、トリュファイナ様、申し訳ない!」

「いえ、いいのヴァンゲリス様。アレッシアの言う通りよ、わたくしの予言に間違いがあったから落ち度があったの。ストラトス家がこれ以上苦難に陥らぬようにと気を回したのが間違いだったのです」

「い、いいえそんなことは……真に受けた私も悪かったのですから」

「…………ストラトスのヴァンゲリス。貴様、我らが巫女トリュファイナの予言に間違いがあったというのか」

「えっ!? あっいやそんなつもりは! 護役殿にそんな風に聞こえていたのなら申し訳なく!!」


 トリュファイナの護衛まで一言物申しはじめたが、アレッシアは疑問符を隠しきれない。

 あまりに唐突すぎて相手を見つめていたが、ぽつりと呟いた。


「でも間違ってたじゃない」


 巫女の護役達に睨まれた。


「大体涙とかそういうのいらないし……演技臭い」


 と言えばトリュファイナは涙を引っ込める。やれやれと言いたげな表情に戻った瞬間に、この巫女の人間性を見た気がした。

 巫女といえば特別なイメージが付き纏うものだが、現実はそんなに甘くないらしい。現に相手は涙の仮面を捨てたらしく足を組み、肘を置いて頬をついた。

 逆にすごい、と感心した。高慢な女神はすでに目にしたが、ここまで居丈高になれる同年代は初めて見たからだ。

 しかし感心したからといって全部許せるかといったら話は別なので、相手をいまだ好きになれないのは変わらない。


「そうね、だからわざわざストラトス家を訪ねたのですよ。わたくしはマルマーの巫女トリュファイナ。生まれた直後から巫女となる定めを受け十七年、預言を外したことはただの一度もなく、だからこそ女神の候補者に選ばれました」


 自信家の側面が垣間見える。やっぱり女神の目は節穴なのかもしれなかった。


「この予知に狂いはなかったはずなのに、たった一人の女の子に狂わされたのであれば、どんな子なのか気になるじゃない?」

「ふーん。じゃあ実物をみた感想は」

「がっかりだわ。いえ、神殿で貴女を見たときから優れた人だとは思わなかったけど、それ以上に普通すぎて、変わっているのは見た目だけなのね」


 にっこり微笑まれたが、売り言葉への準備はできている。アレッシアも特上の笑みを浮かべて言った。

 

「そういうトリュファイナは巫女様のわりに性格が悪いよね。同い年の友達いないでしょ」


 無言でお互い微笑み合った。ヴァンゲリスは絶望的な様子で頬に両手を添えているが、すかさずイリアディスに脇腹を肘で突かれ前のめりになっている。


「……実物を見たんだから、用は済んだでしょ。早く帰ったらどう」

「そうねぇ、貴女が賢い人だったらお喋りして帰ろうと思っていたのだけれど……」

「生憎と世間知らずだから、いきなり喧嘩売ってくる巫女様に礼儀なんて持ち合わせてないんだよね」

「教養がないとここまで無礼者になれると知って勉強になったわ。わたくしが女神になった暁には、子供達の教育をしっかりしなければなりませんね」


 本当に一言多い女だ。トリュファイナが帰るとアレッシアは塩を持ってくるよう頼み込んだ。塩壺に手を突っ込むと玄関から思い切り撒き散らしたのだが、この行動は皆に不思議に映っていたらしい。知ったものかと家に戻ったが、その後はイリアディスに叱られた。


「気持ちはわからないでもないけれど、失礼な物言いされたからとけんか腰になっていてはあなたの品位を下げてしまうわ。反論するなとは言わないけれど、その時はよく考えてみてちょうだい」

「それはわかってるけど……イリアディス達は迷惑かけられたし、パパリズのお茶を不味いって言われたみたいで気分が悪い」


 それになによりトリュファイナの性格が気に食わない。

 自分が悪いとは思っていないものの、イリアディスの困ったような表情に渋々頷いたが、イリアディスはアレッシアが怒った理由が意外だったらしい。はにかみつつ彼女の頭を撫でた。


「ありがとうアレッシア。私もパパリズも、気持ちだけもらっておくから、貴女はこれから試練に挑む候補者として先を考えて頂戴。トリュファイナ様がどんなお人柄だとしても、あの方がおっしゃるとおり、協力せねばならないときがあるかもしれないから」

「……それ、本当にそんな時が来ると思う?」

「わからないわ。でもマルマー出身の巫女というだけで、どんな巫女様方よりも実力があるのは確かだから」

「けんかになったのは拙かった?」

「……リベルト様」

「最良、とはいえないな」

「どうして?」

「試練がどんな内容か不明だからだね。どんな難関が待ち受けているか、わずかでも中身がわかればよかったが、我々にとっては昔過ぎて記録がほとんど残っていない」


 アレッシア達候補者は競争相手ではあるが、困難を乗り越えるためには手を取り合う場面があるかもしれない。そのために候補者達には慎重さも求められると教えられた。


「だが君はまだ幼く、言葉が足りなかったのは私達だ。それに君の判断に従う者だから、その判断を駄目だったとは言わない」

 

 リベルトまでそんなことをいうものだから、しくじったのはアレッシアなのかもしれない。後先考えない行動が悪かった気がして落ち込むが「まあ」とイリアディスは乾いた声で笑う。


「一番の問題児は、相手の言葉を鵜呑みにしてあの御方を連れてきたあたしの婚約者でしょう。夜の間に徹底としてしばいておくから、そちらの方は許して頂戴ね」

「ああ、うん――ヴァンゲリスについては、なんかもうそういう人なんだなって……」


 イリアディスの方が頼りになっているのは決して間違いじゃないはずだ。

 最後にアレッシアはパパリズの前に立った。二メートル越えの人相手は首が痛くなるが、凜々しさが目立つ面差しはきょとんと目を丸めていて、その姿がなんだか可愛らしい。


「あのね、あなたが淹れてくれたお茶を私はとても好きになったの。今日のもすっごく美味しかった、ありがとう!」


 これに彼女はじんわりとした微笑を浮かべて頭を垂れた。惚れ惚れするほど見事な礼の形は、筆頭執事に相応しい所作になる。


「いかなる時も貴女様が気持ち良く過ごせるよう努めるのが我らの努めではございますが、そのお言葉は我が身の宝にございます。今後もなにがあれば言いつけてくださいませ。期待に応える働きを見せとうございます」

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