普通だったら

「普通はこんなことをしないのよ。」


 新卒で入社した介護施設で教育についた30代の先輩は私が何かミスをする度にそう言った。


「田中さん、普通はどうするか、そう考えてごらんなさい。」


 優しく、さとすように。けれど私は普通ならどうするか、そう考えてもなかなか答えが出ない。


「分からないので教えていただけますか。」


 必死にひねりだした言葉に先輩は首を振る。


「普通は、見て盗むのよ。」


 分からない、できない、「ふつう」じゃない。苦しくなって、1年でそこを辞めた時に私はうつ病になったと思って精神科に行った。


 下った診断は違った。発達障害。普通じゃないことの答え。今までの人生でどこかずれた自分。    


 どんなにがんばっても埋まらないパズルのピースのひとかけらを見つけたような気がした。


 あれからもう10年も経つ。


 障害者として生きる葛藤。色んなものが洪水のように流れていく。


 障害者という新しいアイアンデティーを受容する一方で、生活のはしばしで健常者というマジョリティーに苦しめられている、と感じた時期があった。


 ふとした時に答えはでたらめ。違う。判を押したような健常者、いいや人間なんて居ない。皆、ばらつきのある人間だ。


 私を苦しめた普通。それは自分が普通だと信じて止まない、マジョリティーの代表であることを疑わない人たちだ。彼女のように。


 普通だったら。普通だったら。その言葉は時おり、よみがえり、今も私の中に漂白し続けている。

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