私はFセク

「夢女子じゃないよ、Fセクって言うの」


 クラスメイトの初音はそう言って顔を曇らせる。彼女の講釈によると、Fセクはキャラクターに恋するセクシャリティ、らしい。


「私はアレンの「お隣」なんだから。彼の隣に立っても恥ずかしくないようにしてるの」


 確かに彼女は一見してオタクとは分からない。


 つやつやなストレートの黒髪に洗練されたメイク。その努力は尊敬に値する。


 彼女はそれから私たちオタク仲間から距離を置いて、グループデートを楽しむ彼氏持ちの女子グループの恋話に割り込んで行った。


「へー、そうなんだ。うちはアレンとこの間カフェ行ったよ」


「アレン?」


 なんじゃそりゃ、と訝しむ彼女たちに初音はスマホ画像を見せる。


 すると彼女たちは案の定顔を見合わせて吹き出した。


「カッコいいね。アレン君。けど、絵だよね」


 きゃはは、と彼女たちが笑うと、初音は顔を真っ赤にして教室から飛び出して行った。


 その翌日、に彼女はどこか自信に満ち溢れた表情で担任と黒板の前に立った。


「えー、皆さん。現代では多様な恋愛が認められています。ですから、山田初音さんのFセク、も認めて仲良くしましょう。アレン君、は彼女の恋人です。絵などの揶揄は…」


「万死に値します。」


 初音はにっこりと笑う。それはゲーム内におけるアレンの決め台詞だった。


 結局そのグループは初音を拒むと「差別」と憤慨されるため、しぶしぶ彼女を遊園地やゲームセンターに連れて行ったらしい。


 後日見せられた写真ではカップルが並ぶ中、初音だけがスマホの画面のアレンと一緒に写っていた。反射して何が写っているか分からなかったけれど。



 初音とは同じ大学に進んだせいでキャンパス内で見かけたり、話しかけられるようになった。そしてカフェに行こう、と誘ってくる。断ろうとすると


「Fセクだから?」


 と言い出すので断りづらい。学科が別なのが幸いだった。


「私ね、今度生まれ変わろうと思うの。」


「生まれ変わる…?」


「整形。アレンに相応しい顔になるんだ。」


 彼女は宣言通りに夏休み明けには別人になっていた。アレンのアクリルキーホルダーが絵馬のようにぶら下がってなければ彼女だとは分からなかっただろう。


 整形顔、と揶揄する人もいるだろうけど美しいのは間違いない。私は顔にメスを入れるのが怖くて絶対に出来ない。


 それほど、アレンに相応しい人間になりたいのか、と私は慄いた。


 それから生まれ変わった初音は劇的にモテるようになった。キャンパスで毎回違う男の人と話し、腕を組む。


 そうして、彼女は読者モデルをしている、という学校一のイケメンと付き合い、卒業してすぐに結婚した。

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