第9話
▽やべ、やりすぎた……。逃げるぞベルカ!
「え、でもっ」
▽早くッ!!
ベルカをけしかけ、同時に取り囲むチンピラどもをすり抜けるルートを彼女の視界にオーバーレイ。
▽走れ!
俺の声に、ベルカが猫のような敏捷さで地面を蹴る。ちょっとしたつむじ風を引き起こして、銃を構えたチンピラどもの包囲を突破する。
「まてやコラァ!!」
背後でチンピラどもが血の気の多い罵声を上げるのが聞こえる。
ああクソ、追いかけてきた。
「ユーリ、荷物が……」
▽後でどうにでもなるから今は逃げろ!
言葉でベルカの尻を叩きながら、俺は大急ぎで台湾緩衝地帯の観光課が無料配布している地図データをダウンロードする。こういうとき、ネットが機能している地域はありがたい。
「ど、どうすのユーリ……や、やっつける……?」
▽ダメだ。いくら相手が極道だろうと、自警団に目を付けられるようなことはしちゃダメだ。
音響センサが、高速で回転するモーターの唸りを拾う。こちらへ近づいてる。
▽バイクが来るぞ、そこの路地を左に!
二メートル程度しかない路地にベルカが滑り込む。狭い道の片側には、自転車やバイクがぎっしり駐輪されている。
この狭さならバイクでも追いかけにくいだろう、と思ったが甘かった。
カッ、とライトの強烈な光が路地を突き抜けて、俺たちを照らしだす。
モーターの唸りが高まり、でたらめに停められた自転車を器用にかわしながらこっちに突っ込んでくる。ちくしょう、さすが地元民。
▽くそ、ベルカ! 自転車を倒せ。
壁に頭を向けて並ぶ自転車のスタンドを、駆け抜けながら蹴り飛ばす。ガコン、と後輪がアスファルトを叩き、バランスを崩した自転車は周りの自転車やバイクを巻き込んで盛大なドミノ倒しを始める。
バイクがタイヤを滑らせながら急停止する。悪態をつき、道を塞いだ自転車に車体をぶつけまくりながらUターンしようとしている。
▽よし、これでひとまず――
路地の暗がりから、ひとりの男が飛び出してきた。
▽かわせ!
こちらに飛びついてくる男の腕を、ベルカが地面を這うようにしてすり抜ける。
段差に躓き、転倒した身体を受け身で立て直す。すぐ背後で舌打ちが響く。路地からは別の男たちが二人、いや三人姿を見せて追いかけてくる。
▽こいつら何人いるんだ! ベルカ、俺がナビするからとにかく走り続けろ。
土埃を払う間もなく、ベルカは走り出す。狭い路地に、男たちの騒々しい足音が反響する。
俺はネットから拾ってきたマップを頼りにベルカをナビするが、細い裏路地まではマップにも載っていない。反響音を頼りに構造を解析し、予想される進路をなんとか描き出していく。
▽次を左……ああ待てダメだ道がない! 直進しろ!
いつの間にか、俺たちは深いビルの谷間に追いやられていた。男たちの追跡は背後だけでなく左右の路地を挟み込むように陣形を組んでいる。明らかに人を捕まえることに長けた連中の動きだった。
このままじゃジリ貧だ。どうする、いっそのこと無力化するか? いや、しかし……
緩衝地帯という特殊な環境が、俺の思考の足枷になっていた。連中を無力化しても、もしその行為を台湾支局から咎められたら、もしベルカが人造妖精だと知られたら、それでも緩衝地帯は俺たちの味方であり続けるだろうか……
「ユーリ、次は?」
ベルカの声に、俺の意識が現実に引き戻される。
▽えっ……と、待て、まて……
「こっち!」
突然、見知らぬ女の声が響いた。
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