第6話

 白いタイル張りの肉屋。

 蛍光灯の光に照らし出される漢方薬が詰まった巨大な瓶。

 狭い路地を埋め尽くす自転車とモーターバイクの群れ。

 丸い赤提灯。頭上にせり出す、様々な種類の文字が入り交じった四角い看板。

 巨大な植木鉢のように、木々を茂らせた雑居ビル。

 

 いつ来ても、奇妙な風景だと思う。

 行き交う人々は様々で、明らかに《教会》側の人間と判るレトロなスーツ姿の紳士が紙の新聞を買い求めている一方で、一目で重身体改造者だと判る偉丈夫が低い軒に腰を屈めていたりする。


 どの時代の、どこでもない。そんな浮き世離れした風景が当たり前の物として広がっている。


 簡単に言ってしまえば混沌。だが、決して不快なものだとは俺は思わない。かといって心地よいかと言われると、首を傾げてしまう。


 好奇心をいたずらに刺激され続け、落ち着かない。面白いが、疲れる。そんな感じだ。


 懐かしさを漂わせる不思議な疲労感を噛みしめていると、ベルカが顔をしかめて袖口で鼻を覆った。


 ▽キツいか、やっぱり。

「……うん」


 ここには、ベルカを苦しめるものが溢れている。


 香辛料の、肉の、魚の、野菜の、甘味の、酒の、ありとあらゆる「食べ物」の匂い。

 ベルカは人造妖精だ。人を喰い殺さねば生きていけない呪いを背負わされた存在だ。それ故に、ベルカは「食べる」という行為にまつわるあらゆるものに反射的な嫌悪感を抱いていた。


 ▽路地に入ろう。そしたら少しは匂いがマシになる。


 無言で頷くベルカに、俺はフェリーでの失言を思い出し胸が締め付けられるような感覚を味わう。俺に手があれば、自分の頬を殴りつけたい。


 ベルカに食べ物を勧めるだって? 

 

 ちゃんと自覚しろ。自分が誰と一緒にいるのかってことを。

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