レインウォーカー

七四六明

レインウォーカー

雨が降る

 大破した車を踏み締め、異形の怪物が鳴く。


 母親らしき人が祈る様に両手を上げて願い乞うが、怪物は聞き届けず、両手に掴んだ子供を離さない。

 果敢に挑んだらしい勇猛な父親の姿はなく、食い千切られた腕だけが転がっている。


 悲惨過ぎる惨劇の中、助ける者はない。

 蛇のように鎌首をもたげる足の長い蜥蜴擬きは子供を掴んでいない残り四本の腕でビルを駆け上がり、嗤うように吠えた。


 女性は泣き、ビルの上を仰ぐ。すると鉛色の雲から一つ、また一つと雫が落ちて、惨劇を彩るかの如く雨となって降り始めた。

 涙と雨が混じる中、女性は両手を組んで必死に祈る。


 必ず来てくれるとは限らない。

 でも来てくれたら、もし来てくれたらきっと助かる。

 どうか、食い殺された夫のためにも。まだ幼い子供達のためにも。


 来て、来て、来て――


「お願い来て――レインウォーカー!!!」


 蜥蜴が吠える。

 見上げると子供を捕まえていた腕が二本斬り落とされて、紫色の鮮血を流しながら痛みを訴える様に吠える蜥蜴がうねる首からバランスを崩して落ちていた。

 子供達の姿を目で追おうとして、右へ左へ視線を動かす。

 だが子供達より先に、視界の端に真っ白なビニールが映って、振り向くと両脇に子供達を抱えたレインコートの影が立っていた。


「ママ―!」

「ママァ! うわぁぁん!!!」

「あぁ、あぁ! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 子供と共に、脇に挟んでいた傘を差す。

 その直後に蜥蜴の巨体が地面と衝突して、雨と風にまみれた塵と瓦礫とが次々と飛んで来た。

 子供を庇って抱き寄せる母の前に立った影は、差した傘を向け瓦礫を弾く。落下の余波が完全に落ち着いたタイミングで傘を閉じた影はいつの間にか消え、母と子はその場に残された。


 すぐさま蜥蜴は獲物を取り返そうと起き上がらんとするが、他の腕も斬り落とされて、血を噴いて倒れる。

 六つあった腕――基、足を失った達磨と化した蜥蜴が最期に見たのは、雨風に吹かれる白い影。雨風どころか瓦礫さえ阻んだその傘で殴打すると思いきや、大きく振り上げられた傘は真っ直ぐに下ろされ、うねる蜥蜴の長い首を、まとめて両断した。


 血が蒸発し、体が腐敗して消えていく。

 怪物の完全な消滅を確認した影は親子の元へ歩み寄り、傘で行くべき方向を差すだけ差して、母親がそちらを向いている隙に消えてしまった。


「ありがとう……ありがとう、ござい、ました……」


 翌日。


『昨日東京に現れた人食いによって、男性一名が被害に遭いました。が、残された女性と子供は奇跡的に一命を取り留めました。女性は、「名乗りこそしなかったものの、聞いていた通りのレインコートと長靴を着ていた。自分達を護り、人食いを倒すまで一瞬の事で、今でも夢の様に感じている。子供達を救ってくれて本当にありがとう」と述べており、異能警察局は当時雨が降っていた事も含め、例の彼が現れたと見ています。雨と共に颯爽と現れ、人食いを颯爽と倒して去って行く異能者。通称、レインウォーカー。彼の正体は何者なのか。警察は調査を続けております』

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