第21話 弟の主張
「レイフ!」
メイベルは鋭い声音で義弟の名を呼んだ。いくら子どもとはいえ、不敬な物言いだった。
「謝りなさい」
「どうしてですか。一度振った義姉上をあのアクロイド公爵に嫁がせようとして、それを助け出した兄上が夫に相応しくないからっていちゃもんつけて城に連れて帰ろうとするなんて、最低の極みですよ!」
だいたい、とレイフの言葉は止まらなかった。
「義姉上も義姉上です。どうしてこんな男にそんな優しくするんですか。義姉上を振った相手でしょう? 自分じゃなくて、別の女を選んだくせに、今さら帰ってきてほしいだなんて、そんなの不誠実じゃないですか。それなのにどうしてもっと責めないんですか。もうここには来るなって、平手打ちの一発でもかましてやればいいじゃないですか……!」
堰を切ったように溢れ出す言葉に、メイベルは言葉を詰まらせる。サイラスも呆然と聞いていた。ただ一人、ヴィンスが呆れたような、憐れむような眼差しで、レイフの肩を叩いた。
「もうそのへんにしておけ。これはお二人の問題なんだ」
「いやだ! じゃあ、兄上はどうなるんです!? 義姉上は兄上や俺たちを捨てて、そこにいる王子と一緒に帰るっていうんですか!?」
「レイフ。私はそんなことしないわ」
とんでもない誤解にメイベルは慌てて否定する。だがレイフは「うそだ!」と叫んだ。
「義姉上は、この男が屋敷に来た時、泣きそうな顔で出迎えてました! 食事中もずっと楽しそうに話をして! 名前を呼ぶ時も、普段話をする時も、兄上とはいつまでたっても他人と話すみたいに丁寧なのに、その男に対しては砕けています!」
メイベルは目を見開いた。まだ子どもだと思っていたレイフに鋭く指摘され、内心ひどく動揺もしていた。
「この子の言う通りだな。メイベル」
「サイラスまで何言い出すのよ」
だってそうだろう、と彼は肩を竦めた。
「俺も同じことを思っていた。おまえとハウエルは、どこか他人行儀だって。ハウエルはおまえのこと、愛していないんだろう」
「それは違います!」
レイフが大声で否定した。サイラスが冷たい目で見下ろした。
「何が違うんだ?」
「だから、兄上は……」
レイフが一瞬メイベルを見つめる。彼の不安そうな目に、メイベルはやっぱりハウエルは自分のことを愛していないのだと悟った。
「いいのよ、レイフ。最初からわかっていたことだから」
むしろ幼い彼に余計な心配をかけてしまい、サイラスを非難させるような状況を作ってしまった自分にひどく後悔する。
「レイフ。たとえハウエル様が私のことをどう思っていたとしても、私はリーランド家を出て行くような真似はしないから安心してちょうだい」
「メイベル!」
サイラスの咎める声も、メイベルは無視した。
「ね? だから落ち着いてちょうだい」
「違う。違うよ、義姉上。義姉上はちっとも兄上のことわかっていない。兄上は義姉上のこと……」
口ごもるものの、意を決したようにレイフは口を開いた。
「義姉上のこと、初めて好きになった相手なんだ」
「……え?」
何を言っているの? という顔をしたメイベルに、焦れたレイフがもう一度、大きな声で繰り返した。
「だから! 義姉上が初恋の相手なの!」
初恋。初めての恋。相手は……自分?
(ハウエル様が、私を好き……?)
そんな馬鹿な、というのが率直な感想であった。サイラスも怪訝な表情を浮かべている。
「おまえがメイベルを引き止めたくて、わざとそう言っているんじゃないか?」
「殿下。子ども相手なんですから、もう少し言い方には気をつけてください」
サイラスとヴィンスのやりとりに、レイフはムッとした様子で言い返した。
「違います。俺が何年兄上の弟やっていると思うんですか。兄上のことなら、誰よりもよーく理解しています!」
どこか誇らしげに言い、レイフは挑むようにサイラスを見上げた。
「兄上はご覧の通り、武芸にも学問にも秀でています。そしてなんたってあの美貌です。昔から殿下よりもうんともてていました」
あえてサイラスの名を出したことで、単純な彼はムッと口を曲げた。
「俺だって昔からたくさんの女性にもてていたぞ!」
「女性には、でしょう? 兄上は男にだって言い寄られたことがあります。殿下はそういう経験ありますか?」
「そ、それはさすがに俺もないが……」
でしょう? とレイフは勝ち誇ったように口の端を吊り上げた。ぐぐっ、と悔しがるサイラス。メイベルとヴィンスは、そこは悔しがる所なのだろうか、と同じ疑問を抱いたが黙っていた。
「多くの人から好意を寄せられていた兄上ですが、今まで誰一人、その想いに応えることはありませんでした。義姉上以外!」
「そう言われてもね……」
メイベルはいまいちピンとこない。サイラスはただ、メイベルの聖女という地位を欲し、それゆえ優しくしているだけではないのか? と思うのだ。それをレイフは愛だと勘違いしているだけで……。
「違います! だって兄上、義姉上と一緒にいる時、義姉上のことじぃーっと見ていますもん!」
「え?」
そうなの? とメイベルは目を瞬いた。
「ほんとか~? おまえ、嘘ついているんじゃないだろうな?」
胡散臭そうにレイフを見るサイラス。どうでもいいが、先ほどから子ども相手にずいぶん大人げない言動だ。冒頭にずけずけ言われたことを気にしているのだろうか。あとハウエルの方がもてているという言葉にも。
「ほんとですよ。義姉上に気づかれないよう、毎回こっそりとだけど……」
「ふーん」
「この少年の言うこと、私は本当だと思いますよ。食事中、殿下とメイベル様が楽しげに話している様子をそれとなく、ちらちらと見ていらっしゃいましたから」
ヴィンスがそう言うと、レイフはほらねというように満足げな表情をした。
「それに、俺が義姉上と二人きりで話してたってわかると、後で俺に何を話したか、さりげなく尋ねてくるもん」
「メイベルが不審な振る舞いをしていないか、探るためじゃないのか?」
「だったら何で義姉上の好きな食べ物とか聞く必要あるんだよ!」
ぷんぷん怒って言い返すレイフに、サイラスは前髪をくしゃりとかき上げる。
「だってなあー……メイベル。おまえはどう思う?」
「どう思う、って言われても……」
三人の視線が一気に集まり、メイベルは途方に暮れたような気持ちになった。彼女とて、今初めて知った事実で軽く、いやだいぶ混乱しているのだ。
「正直、まだ信じられないわ……」
「ほらな。妻であるメイベルがこう言うんだ。おまえのはただの勘違いだ」
「義姉上!」
「でも……」
愛はなくてもいいと言っていた彼が、形だけの夫を演じていた彼が――
「ほんの少しでも、私に興味を抱いてくれているのなら……その、すごく、うれしいわ」
頬を染め、メイベルは小さな声でそう答えた。
男性三人はそんなメイベルの表情をまじまじと見つめていたが、やがてヴィンスがポンとサイラスの肩を叩いた。
「殿下。これ以上のお節介は、余計なお世話というやつですよ。明日にでも、王都へ帰りましょう。もちろん、我々だけでね」
ヴィンスの言葉に、サイラスは実に複雑な顔をしたのだったが、メイベルは目に入らなかった。
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