第18話 夕食と忠告?

 サイラスの言葉に、メイベルは腹が立った。元婚約者の言葉を信じないとは、何事か。今すぐにでも追い出してやりたかった。


 ……だが、表向きは視察として彼らはわざわざ遠い地から出向いてくれたわけだ。しかもサイラスは一応王子である。丁重なおもてなしをするのが、リーランド家としては当然の振る舞いであった。


「――いやぁ。リーランド辺境伯の料理人は素晴らしい腕をお持ちのようだな」


 料理人たちはサイラスの突然の訪問にも決して慌てず、腕を振るい、豪華な食事を提供してくれた。それは食事だけではない。王子をもてなすとあって、使用人たちが総出で屋敷中を隅から隅まで磨き上げたのだ。メイベルとしては申し訳なくて仕方がない。


「ありがとうございます。殿下にそう言ってもらえて、彼らも鼻が高いでしょう」

「ああ、誇っていいぞ。王宮の料理人が作る味に慣れている俺が言うんだからな」


 サイラスは美味しい料理にご機嫌な様子であった。いい気なもんである。


「ほら、メイベルも。遠慮せずもっと食え」

「食べているわよ。というかなんであなたが言うのよ……」


 メイベルの呆れた眼差しにも、サイラスは陽気に笑った。


「懐かしいな。昔よくおまえにテーブルマナーで叱られたっけ」

「だってあなたの食べ方、本当に見ていて汚かったもの」

「言い方」

「それに私だって先生に怒られたわ」

「レイニー夫人にか?」

「そう。すっごく怖かったのよ。指摘されても、ちっとも頭に入って来ないの」

「俺と同じだ」

「失礼ね。私はもっと優しかったわ」

「いーや。厳しかったね」

「そんなはず……」


 ない、と言いかけたメイベルは、みなの視線がまた自分たちに集まっていることに気づき、口をつぐんだ。


「お二人は本当に仲がよろしいんですね」


 微妙な雰囲気を察してか、ヴィンスが気を遣うように言った。元婚約者同士にその台詞は果たして正しいのだろうかと思いつつ、メイベルは曖昧に微笑んだ。


「まぁ、小さい頃からの付き合いだからな」


 ちらりとハウエルの方を見ながらサイラスはグラスを呷った。


「ああ、そうだ。明日か明後日、よければ街へ行って民の様子を見てみたいんだが、案内を頼めるだろうか」

「街へ、殿下がですか?」

「ああ。視察に来たんだから、当然だろう?」

「そう、ですね……」

「何か問題でも?」

「いえ、そういうわけではありませんが」


 何か考え込むハウエルに、メイベルが代わりに答える。


「ここ数日雨がひどく降っていたでしょう? 被害が出ていないか、確認する必要があるの」

「そうか……それもそうだな。わかった。貴殿はそちらを優先するといい。メイベル。おまえが代わりに案内してくれるか?」

「私が?」


 ああ、とサイラスは頷いた。


「気心知れた相手の方が、俺も安心できる。だめか?」


 メイベルはハウエルの方を見た。自分も夫である彼の手伝いをするべきではないか。けれどハウエルは行ってきなさいと言った。


「一日では終わらないでしょうし……私の代わりに殿下を案内してください」

「でも……いいんですの?」

「ええ。構いません」


 なら、とメイベルが引き受けようとした矢先、「俺も行くよ」という声があがった。


「レイフ?」

「遊びに行くんじゃないぞ」


 咎めるようにハウエルがそう言えば、レイフはわかっていると真剣な表情で頷いた。そういえばいつも率先して明るい話題を提供してくれる彼が今日はやけに静かであった。一国の王子様と食事を共にしていることで、さすがの彼も緊張しているのだろうか。


「義姉上はまだこちらに嫁いできて日が浅いです。俺の方がより詳しく、殿下に説明することができると思います」


 たしかに一理ある。メイベルも知識としてはこの地を学んだが……それはサイラスの方も同じであろう。それに以前出かけたことを思えば、レイフは適任かもしれない。


「そうね。私も、レイフが居てくれた方が心強いわ」

「ですが……」

「俺は構わないぞ」

「殿下、ありがとうございます。兄上。いいでしょう?」

「……くれぐれも、迷惑をかけないように」


 サイラスの許可が下り、ハウエルは言い聞かせるように弟に忠告したのだった。


     ◇


 夕食が済むと、軽く談笑して、明日もいろいろ予定があるので各自部屋で休むこととなった。


(サイラスったら街へ行きたいだなんて……)


 何を考えているのだろう、と横になったメイベルは少し不安に駆られる。視察と称して来たのだから別におかしいことではないが……なにせ彼にはつい最近、ほんの数時間前まで振り回されてきたのだ。それにメイベルとハウエルの仲を疑ってもいる。


(余計なことをしなければいいのだけど……)


 ため息をつき、メイベルは寝返りを打った。ハウエルは明日に備えてもう寝ているだろうか――


「わっ……」


 暗闇の中、金色の瞳がじっとこちらを見つめていた。


「ま、まだ起きていらしたんですか」

「はい。なかなか眠れなくて」


 珍しい。いつも床に入るとすぐに寝入ってしまうのに。


「雨の被害が、心配ですか?」

「それもありますが……」

「あ、サイラスのことですか?」


 突然押しかけてきたサイラスに、やはりハウエルも不安なのだろう。


「大丈夫ですわ。何かあっても私がしっかり手綱を握っておきますから。リーランド家にご迷惑をおかけするような真似は決していたしません。ですからハウエル様は安心してご自身のお仕事に専念なさってください」

「……」


 違うと言いたげなハウエルの顔。


「ハウエル様?」

「……メイベル様は、いつも殿下とはあんな感じなのですか」


 あんな感じ。久しぶりの再会に胸倉を掴んで「馬鹿王子!」と叫んだ己の姿を思い出し、かっと頬が熱くなった。


「ち、違いますよ! あ、あれはサイラスがあまりにも非常識だから、つい……」

「夕食の時も、昔話に花を咲かせていましたね」

「それは……ほら、どうしたって殿下とは付き合いが長いでしょう? いろいろ共通の話題はありますわ」

「それにしては、ずいぶんと楽しそうに見えました」


 何だろう。今日のハウエルはやけに絡んでくるというか、しつこいような、刺々しいような……。


(もしかして……)


「あの、何か怒っていますか?」


 メイベルが恐る恐るそう尋ねれば、ハウエルは目を見開いた。そしてどこか動揺したように目を瞬かせる。


「違います。ただ……仮にも王太子である方に対して、貴女の態度はどうかと思っただけです」

「なるほど。そうですね。もう少し、気をつけますわ」


 ご忠告ありがとうございますと微笑めば、ハウエルは気まずそうな顔でもう寝ますと寝返りを打った。その背中を見つめながら、メイベルもお休みなさいと目を閉じた。

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