第8話 事情聴取

「貴女がどこの誰で、どういった経緯でこのような状況に巻き込まれたかはわかりませんが、事後処理などもありますし、とりあえず私の屋敷へ来てください」

「……わかりました」


 やんわりとした言い方だが有無を言わせぬ響きがあり、メイベルは大人しく従った。怒涛の展開に身体が悲鳴を上げていたのも事実だ。


 こうしてメイベルはハウエルの治める領地、ウィンラードに連れて来られたのだった。


「うわぁ……」


 ハウエルの屋敷を目にすると、メイベルは思わず感嘆の声をあげた。


 頑丈な城壁に囲まれた、防御重視の地味な館を想像していたが、実物はガラスがはめ込まれたたくさんの窓に、円柱の形をした塔が突き出した左右対称の、城かと思うほど立派な外見をしていたのだ。


「視察で王都から人が訪れることもありますので、それなりに見栄えはよくしてあるんですよ」

「なるほど……」


 客人の顔を見ても家令は一切顔色を変えず、すぐにもてなすよう使用人たちに言いつけていた。メイベルは返り血のついた純白のドレスを脱がされ、身体を清め、華美ではないが上等なドレスを着せられた。


(はぁ、なんか、ようやく生き返った気がする……)


 いきなり公爵と結婚しろと連れ去られ、その途中で賊に襲われかけ……一日でなんという目に遭ったのだろう。


「そう言えば……あの、私と一緒にいた侍女は?」


 わたくしは悪くありません。すべては賊のせいだと喚いていた彼女の姿を思い出し、急に不安になってきた。


「それは……」

「彼女は別の部屋で待機させています」


 メイベルの世話をしていた使用人に代わって、部屋に入ってきたハウエルが答えた。彼は初対面の時の分厚いローブを脱いではいたが、それでも肌を見せないきっちりした格好をしていた。


「話が聴き終わったら無事に公爵家へ送り返しますのでご安心ください……お茶の準備を」


 使用人にそう言いつけ、どうぞと椅子に座るようメイベルに勧めた。


「改めて自己紹介させていただきます。グランヴィル国の国境付近を任されていますハウエル・リーランドと申します」


 先代のリーランド辺境伯が亡くなり、跡を継いだのがハウエルであった。歳はまだ二十二歳らしい。落ち着いた雰囲気なのでもっと年を重ねているように見え、メイベルは内心少し驚いた。


(サイラスも彼と同じくらいの歳になれば、少しは落ち着くのかしら……)


 まだ後十年、いや二十年は必要だなとメイベルは思った。


(いや、今はあんな馬鹿王子のことどうでもいいのよ……)


 こちらも挨拶しなくては、と背筋を伸ばす。


「私はメイベルと申します。もとは第一王子であるサイラス殿下の婚約者でしたが婚約が解消され……教会の決定により、アクロイド公爵家へ嫁ぐ予定でした」

「その途中、賊に襲われ、運よく・・・通りかかった私たちに救出されたというわけですね?」

「ええ。そうですわ……」


(運よく、ね……)


 彼は教会の人間だというメイベルに特別驚いた様子はない。王弟であるアクロイド公爵に嫁ぐと聞いても、まるであらかじめすべてを知っていたかのように表情一つ変えないのだ。


(貴族や王族は自身の感情を簡単に表に出してはいけないというけれど、この人の場合なーんか怪しいのよね……)


「どうしました?」

「いえ……」


 不躾な眼差しに、慌ててメイベルは視線を逸らした。


「本当に、危ない所を助けていただき、ありがとうございました」

「いえいえ。陛下は弟君であられるアクロイド公爵のことを常に心配なさって、何かあったらすぐ駆け付けるよう頼まれていたのです」


 要するに彼がおかしなことを仕出かさないよう監視する役目も担っていたのだ。


「……あの、閣下が強引に事を進めようとしていたこと、あなたはご存知だったのですか?」

「まさか。我々は近頃賊に襲われたという被害が出ていましたので、厳重に見回りをしていただけです」


 ちなみに辺境伯は国防の要として、独自の騎士団を所有している。何でも王都の騎士より戦闘能力に長け、暗殺部隊も育成していたとか……。そんな部隊に助けられた自分は間違いなく運が良かった。


(――と思うのが普通なんだろうけど……)


「私たちを襲った賊の男は、アンタが例の聖女か、と言っていました」


 王族が乗るような立派な馬車ではなく、普通のものをわざわざ選んだ。なのに彼らは最初からメイベルたちが乗っていることを知って襲ったようだった。しかもメイベルが聖女だということも、なぜか知っていた。


「輿入れは私でさえ急なことで、誰にも知らされていなかったはずです。それをなぜ第三者の彼らが知っていたのか……不思議ですわ」


 メイベルはじっとハウエルを見つめた。彼は目を逸らさず、見つめ返す。


(本当に、綺麗なお顔立ちね……)


 場違いに、そう思った。今までメイベルにとってサイラスが一番美しい男であったが、ハウエルはそれと同格か、それ以上だ。


(昔、ラシャド様に読んでもらった絵本に出てくる神の使いみたい……)


 人の形をとっていながら、人ならざる美しさを持った男は神の使いとして、地上の人間を助け、時に神の代わりに罰を与えるのだ。誰にも心を許さず、男は神の命を全うする。ハウエルにも、そんな譲れない覚悟のようなものが感じられた。


「私が賊と通じているとでも?」

「いいえ。ただ何かを隠しているようなので」


 正直に吐露すれば、ハウエルはふっと微笑んだ。


「教会に大切に育てられた、ただのお嬢さんかと思っていましたが、違うようですね」

「間違っておりませんわ。今日この日まで部屋に閉じ込められておりましたもの」


 こうして王都から離れ、国境近くまで訪れたのも、メイベルには初めての体験だ。


「だからあなたの方がよくご存知なはずよ。私の知らないことも、よーくね」


 いいから話しなさいとメイベルが催促すると、諦めたようにハウエルは息を吐いた。


「……賊を効率よく捕えるため、噂を流したんです。第一王子の妃になるはずだった女性が、公爵閣下のもとへ嫁ぐこととなった。彼女は教会の保護の下、大事に育てられてきた美しい聖女様だと」


 メイベルは整った眉をひそめた。


「その情報は、どこで?」

「王都には情報収集のためこちらの者を何人か送らせています。その者たちから聞いたのです。貴女と公爵閣下の結婚を、議会は認めていないと」

「それは……本当?」

「ええ。陛下たちも、貴女とアクロイド公爵閣下の結婚はとても認められないと否定的でした。特に貴女の元婚約者であったサイラス殿下は断固として認めないと……」


 サイラスはやはり反対してくれていた。その事実にメイベルは少し救われた気がした。そんな彼女を見て、ハウエルは話を続ける。


「業を煮やした教会はきっと貴女を無理矢理公爵家へ輿入れさせる。普通の馬車を装って、護衛もろくに付けず、密かに……私はそう考え、それも込めて噂を流したんです。やつらは人身売買もやっていたので、一級の獲物だと思わせ、絶対に待ち伏せして襲うように仕組ませた」


 つまりメイベルは悪人を捕まえるための餌だった。そして見事、獲物はハウエルたちの用意した罠にかかってくれたというわけだ。


「……たしかに、効率的な解決策ですわね」

「私を罰しますか?」


 メイベルはしばし沈黙し、やがてゆっくりと首を左右に振った。


「いいえ。もとはといえば、無理に事を進めようとした教会と閣下に責があります。こうなることは、危惧して然るべきでした」


 結果的にメイベルは助けられ、国民を脅かしていた賊を捕えることもできた。ハウエルは領主として正しいことをしただけだ。


「器の大きい方ですね。貴女のような方が王妃にならず……サイラス殿下は惜しいことをなされました」

「それはどうも」


 嫌味なふうに聞こえても、メイベルはそっけなく返した。


(サイラスはそんなこと絶対に思っていないでしょうけどね……)


 むしろ自分のような口うるさい存在が伴侶とならず、ほっと胸をなで下ろしたに違いない。散々な目に遭って、メイベルの思考はよくない方向へ落ちていく。


 そんな彼女をハウエルはじっと、観察するように見つめている。視線に気づいたメイベルはにっこりと何でもない顔を作った。


「何か?」

「いえ。その憂いに満ちた表情も美しいと」

「……」


 男性に褒められるのは嬉しい。だがハウエルのような女性をも凌ぐ美貌の男に言われると、嫌味か? と思ってしまう。


「メイベル様?」

「あ、いえ。そんなこと言われたの、初めてでしたので驚きましたわ」

「サイラス殿下もおっしゃったのでは?」


 またサイラス。どうしてこう何度もサイラスの名を耳にしなければならない。彼とはきれいさっぱり別れたというのに。


(どーせ、あいつに褒められたことなんて、ほとんどありませんよ!)


 その数回も、公式の場で、陛下や他の貴族に促されて渋々……といった感じだった。たとえ世辞だとしても、もう少しましな態度ができないのかと、今思い出しても腹が立つ。


(本当に好きな相手には、惜しみなく言うのかしらね……)


 シャーロット嬢のはにかむ姿はさぞ可愛いだろう、とメイベルは思い、もやもやした気持ちになった。


(はぁー……なんかすごく未練がましいわね。もうやめよ)


 過ぎたことだ。いつまでもくよくよ悩むなんて性に合わない。


「殿下とは政治上、仕方なく一緒になった仲です。普通の恋人同士のような馴れ合いは皆無でした」

「そうですか。それはもったいない」


 どうもさっきから含みのある言い方をする。


「あの、それで事後処理とは終わったのかしら?」

「ええ。もうあらかた」

「そうですの。でしたら私もお暇しますわ」

「どこへ?」


(どこへ、って……)


「公爵家ですわ」


 そこで初めて、微かにハウエルが瞠目した。


「こんな目に遭ったのに、まだあの男のもとへ行くと?」

「……賊に襲われたのは、閣下の意図ではありません。不幸な事故です」


 だがハウエルは返事をしない。


「あの、リーランド様?」


 まだ何か話すべきことがあるのだろうか。気が短いメイベルはさっさと話せと言いたくなる。それを見越したようにふっとハウエルが微笑んだ。思わずぎくりとする。


「貴女は本当に慈悲深い方なんですね。教会が今まで大事に育ててきた聖女なだけある」


 先ほどと同じことを繰り返され、さすがのメイベルもムッとした。


「どうせ私に帰る所などありませんわ。教会は決して認めようとしないでしょうし、公爵家へ嫁ぐしか他に道がないのです」

「道なら他にありますよ」

「? そんなの……」


 ない、と言おうとしたメイベルを遮り、ハウエルが立ち上がった。そのままメイベルの前までやってくると、初めて会った時のように跪いた。手袋をした手でメイベルの手をとり――そっと口づけしたのだった。


「単刀直入に申し上げます。公爵のもとへ行かず、私と結婚してほしいのです」


 呆気にとられるメイベルを見上げ、見惚れるほど美しい笑みで彼はプロポーズしたのだった。


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