男の子だったんだ。
(これ……可愛いかも)
あたしはブティックに来て、ちょっと男勝りというか中性的というか、ワンピースでその表現はおかしいと思うけどそんなシャツワンピースの品物を見つめていた。
(……んにゅー、これなんかいいけど値段がな……)
値札を見て諦めるとシャツワンピを戻すあたしはなんて貧乏人の性に囚われている事か。
貧乏人って言っても高校生の分際で四、五千円の服買える方がおかしいのだ。そうだ、そういう事にしておこうではないか。
「……?」
とほほ、と振り返って帰ろうとした所、ふと視界の隅に映った女の子が目に留まった。いや、留まったと言った方が正しい。
(かっ、可愛い。綺麗な人……)
百六十センチぐらいの黒髪ショートヘアの女性が、煌びやか店内でも目立つほど存在感が突出していた。手足がすらっとした足が覗くプリーツ黒スカート。肩が露出された、女のあたしでさえ着ない故に名前が分からんちょっとえちえちな服。
それさえも、品のある清楚さを感じられる横顔が、丸々くりっとした両目と小さい鼻、ぷっくりとした唇が、自然とまとめあげていた。
なんて、人形みたいに脆い美しさを持ってるのだろう。頬につんと人差し指を当てたら、シャボン玉みたいに弾けちゃいそう。
まるで永遠不変でもなく簡単に終わりが来る脆弱が体現したかのような、硝子張りの美しさだった。
「お客様、今ご覧になさってるのは、当店のおすすめですよ。ご試着なされますか?」
ああ、分かる。
店員さんでさえあの人の容姿にうっとりしてる。まるで太陽を仰ごうとするように、微かに目を細め。口角が自然と上がっている。
「え?……いや、試着はちょっと」
可愛いらしい容姿には似合わない少々低いハスキーな声音で応答する彼女は、なぜか戸惑い気味。
「おすすめですよ〜?着てみるだけでいいので一度……」
「……いいです。あまり好みじゃないので」
彼女が店員の接待を振り切ってこちらに近づいてくる。
やっ、やばい。どうしよう。……って何がどうしようだよ。あの人は女性だし、あたしには彼方くんがいるんだか……
「あれ?桜歌さん?」
「……?」
そのハスキーな声音。先程の声だが若干低くなっており、どこか聞き覚えのある声調だった。
「……?……?」
「ほら、ボクだよ?……って、あ。女装してるからか」
「…………?」
彼女が間近に迫って、いきなりあたしの手を握ってきた。?何この女の人?あたしを誰かと間違ってる?
それにしても近くで見て気づいたが目の前の女性は薄く化粧をしているようだった。凄い、近くで見ても精緻で端正な顔立ちだ。
でもどこかで見たことのあるような顔な気が……。
「ほら、ボク、彼方だよ。メイクしてるからわからない?」
……。…………。……――――?え?彼方くん!?マジ!!?
「――!?!!?!!?」
「やっと分かった?」
――――マジか。――マジなんだ。
彼方くん、女装癖、あったんだ。
「ごめんね、まだ言ってなかったよね。びっくりした?」
「…………(こくん)」
「だよね、はは。気持ち悪かったらごめん」
びっくりは、した。でも気持ち悪くなんかない。絶対。だって、女の子に見間違う程に綺麗なんだもん。
気持ち悪くなんかないよ、彼方くん。むしろ、大好きになっちゃった。
「桜歌さんは買い物?」
「……(こくん)」
頷くあたし。そして、未だにあたしの手を握ってる彼方くん。なんか意識しただけで、凄いドキドキする。
「そっか。なんかいいのあった?」
ボブカットの髪を一房耳にかける彼方くん。その時惹きつけられたぷっくりとしたリップ。ピンクの健康的な色が言葉を紡ぐ為に動くたび、色っぽさが醸し出される。言の葉が紡ぎ終わるとふっと顕現される、神殺しの微笑。もうだめ。二度も惚れちゃう。
一度目は、中性的な男の子の無情な優しさに。
二度目は、誰もが惹きつけらる女性の妖艶ともいえる美しさに。
三度目は、もうない。だって、だって。
あたしがこの子と付き合ってるんだから。もう既にメス堕ちして、この両性の美麗に惑わされたのだから。
「……?大丈夫?桜歌さん?」
「…………!?(はっ)」
あたしは気付けば肩を揺らされていた。しかも片手で男みたいに雑に揺らすんじゃなくて、両手で優しく。
あたしは、心臓の鼓動を抑えられず、少しでも休めたくて離れてさっきのシャツワンピ売り場に戻る。
「どうしたの?桜歌さ……、あっ。この服、なんか似合いそう」
離れて胸元を掴み、肩を丸めるあたしなんかつゆ知らず、彼方くんは洋服を手に取っていた。
良かった、彼方くんから少し距離を取れた。
こんなんじゃ心臓が持たないよう。もう、彼方くんは酷い。あたしはなんでもない緘された人間なのに。緘口緘黙の喋らない人間なのに。
なのに、なんで優しくするの?
ねえ。なんで優しくするの。彼方くん、もうこれ以上あたしに優しくしないで。苦しめないで。好きにさせないで。近づかないで。もう近づかないでよ、お願いだか……
「ねえ、桜歌さんこっち向いて」
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