第21話 聖王女ステラの力
「ふわぁああ~ショウゴ~臭いよう~~~グスっ」
ミーナが半泣きで俺の袖をギュッと掴む。
俺たちは、アコデル湖に到着した。湖面はどす黒く異臭が漂っている。湖畔に点在する建物は全て窓や雨戸が閉じられており、まるでゴーストタウンのようになっている。
こりゃ酷いな……凄まじい匂いだぞ。それになんだか体にも不快感が溜まっていくような感じがする。
「これが瘴気なのか? ステラは大丈夫なのか?」
「はい、私は女神様の加護がありますので多少の瘴気は平気です」
ステラは俺の問いかけに答えながら、浄化魔法の準備を始める。
なるほど、そうなんか。そういえば馬車でもステラは鼻を抑えてなかったな。
神官としての訓練を受けたものは、大なり小なり女神の加護なるものを受けるらしい。
んんっ?
ちょっと待てよ……女神の加護……女神。
――――――って、おまえのことじゃねぇか!
俺はクサイクサイ言いながら、俺の袖を掴む半泣き女神ミーナの顔をジトっと見ながら、ミーナだけに聞こえるよう小さく声をあげる。
(おい、なんでおまえの加護を受けた人よりダメダメになってんだよ)
(ふぇえええん……だってあたしの力は天界からほとんど持ってこれなかったから~)
「聖なる光よ、この者に女神の導きを与えたまえ。
泣きまくるミーナに、ステラがなにかしらの補助魔法をかけてくれた。
「ミーナ、僅かですが女神さまの加護を一時的に与える魔法です。これで少しは楽になると思いますよ」
「ふわぁああん! ステラ~ありがとう~グスん」
女神が女神の加護を受けて泣いて喜ぶって……
「ミーナはより瘴気の影響を受けやすいのかもしれないですね。さあ、準備はできました。浄化魔法を使います!」
護衛騎士団は湖側をのぞいて、半円形に等間隔にステラを囲む。不測の事態に備えるためだ。
半円の中心にいるステラは両手を組んで跪き、その目を閉じて魔法の詠唱を開始する。
「天に煌めく慈愛の女神よ! 願わくは我にその御心を分け与えたまえ、聖なる道へ導きたまえ」
ステラの小さな体から、徐々に光があふれ始めた。なんというか優しい感じの青い光だ。詠唱と共にその光は輝きを増していく。
「聖なる光よ邪を打ち払え!」
その言葉とともに、光の輪がどんどん大きくなり、湖全体を覆うように広がっていく。魔法が使えない俺が見ても間違いなくとんでもない大魔法だと感じるほど巨大な光の輪だ。
「
光の輪がはじけ飛んで、光の粒子が湖に降り注ぐ。すると水面が揺れ始めて、内部で光がバチバチとぶつかり合うような光景が数分間、眼前で繰り広げられた。
光の粒子が湖から消えていくと……
「ふわぁあああ! ステラすっごい~~~」
ミーナから驚嘆の声があがる。
そこには、太陽の光をキラキラと反射する、綺麗な水面で埋め尽くされた湖が現れた。異臭も全くしない。
「み、みなさん……私なんとか……」
ステラは弱々しくそう呟くと、その場に崩れ落ちる。
俺は即座に駆けつけて、ステラを抱きかかえた。
「す、ステラ!」
「ショウゴさま……なんとかなりましたか……ハァハァ」
ステラは全身で荒々しく呼吸をしている。持てる力全てを使い切ったんだろう。よくこんな小さな体で、あんなバカでかい湖を浄化できたな。かなりの無茶をしたことが良くわかる。
「ああ、ばっちりだ。ステラのような綺麗な湖に戻ったよ。凄いぞ」
「まあ……ハァハァ……みなさんのお役にはたてたでしょうか……」
「もちろんだ、周りを見てみろ」
今まで閉じられていた窓や雨戸が、次第に開いていく様が遠目にもよくみえる。
湖畔に沿って人の気配が次々と増えていく。
「ステラ王女万歳~~!」
「聖王女殿下万歳~~!!」
「な。みんながステラを賞賛する声だぞ」
ステラは何も言わずにコックリと頷くと、ガクッと俺の胸に顔を埋めた。本当に力を使い果たしてしまったようだ。
すると後ろから、いつもの声がどんどん近づいてくる。
「姫さま~~~! ご無事ですか! 大丈夫ですか! しょ、ショウゴ、姫様は無事なんだろうなぁ!」
感情むき出し、取り乱しまくりのナターシャ隊長が駆けつけてきた。
普段は冷静なのにステラのことになるとこれだ。
ザシュッうううと、スライディング気味にステラの前に滑り込んでくる。
俺の腕の中でぐったりと目をつぶるステラを見て、全身がワナワナと震えていた。
「ショウゴ! 姫様は無事なんだな! おまえ姫様に近すぎるぞ! ていうか何を抱きしめてるんだ!」
誤解しないで欲しいが、これはやむを得なくの状態だ。そして何よりもっと気になることが俺の目の前で展開されている。
「えと……そのですね隊長。言いにくいんだが……」
「なんだハキハキしろっ! 戦場では一瞬の迷いが、ステラさまの命運を決めるのだぞ! な! まさか姫様はもう……そ、そんな……!」
なんか、勘違いしてないか? この人。ステラのことではなく……
「はいっ! 駆けつけた時からずっと、スカートめくれておりますっ!」
「………」
ん? 分かりにくいか?
「かわいいピンクのパンツ丸出しでありますっ!」
よし、これならわかるだろう。
「………」
隊長がスッとまくり上がっているスカートを直して、ステラの方を見る。顔がリンゴのように真っ赤だ。
ちなみに俺の腕の中のステラもいつの間にか目を開けており、バツの悪そうにナターシャ隊長の方に顔をチラチラ向けていた。こっちも何故か顔が真っ赤だ。
「ひ、姫様、ご無事でしたか、良かった! ショウゴ! 無事なら無事とさっさと伝えろ! いらんこと言うんじゃない!」
……ちょっとハキハキしすぎたか。
ナターシャ隊長にも安堵の表情が戻り、ステラも疲れてはいるが大丈夫そうだ。
さてと、まずはステラを館に連れて休息を取らせないとな。
そう思った矢先―――
湖面が急に泡立ち、水が噴き上がりはじめた。周囲の空気が重くなったような感覚と共に、湖面に異様な影が広がっていく。
「しょ、ショウゴさま。ナターシャ隊長! とてつもない邪悪な魔力が湖底から近づいていきます!」
俺の腕の中のステラが、震えながら叫んだ。
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