16-1
ふいに、思い出す光景があった。
かつて何度か剣を交え――繰り出された黒い矢のような刺突。
急所を確実に狙う、獣のような一撃。
「力を欲し、手に入れた――他の誰にも手に入れられなかった力だ。それが、哀れな女なのか?」
そしてその言葉が、ミレイアの急所を捉えた――そう錯覚するほど、衝撃を受けた。
考えるよりも先に言葉がこみあげる。
「いいえ」
短く、だがそれゆえに余地のない答えが響く。
それに対してラウルがかすかな反応を示そうとしたとき、リジデス王の入室を告げる声があがった。
時が止まったようにミレイア達のやりとりを傍観していた者達が、にわかに息を吹き返す。
王はぎこちなくラウルに挨拶する。その側に控えていた侍従が、異様な場となった宴会を元に戻そうとするかのように、楽曲隊に短く指示した。
舞踏のための曲が流れ出す。
「来い」
ラウルは短く言うが早いか、ミレイアの手首を捉えた。
あまりに唐突な行動にミレイアは目を見開くばかりで、よろめきながら引かれる。
「ミア……!!」
エミリオの声が追いすがり、ミレイアは振り向く。つかまれた手首を振り払おうと力をこめ、だが半端な姿勢のせいで余計に状況が悪化した。
ラウルはふと引く力の方向を変えてミレイアの姿勢を崩すと、ぐっと引き寄せた。
半ば倒れかかった体が、とん、と当たってミレイアは目を瞠った。
それから強く腰を支える腕。
目眩のするような深く官能的な香り――滑らかで厚い上着の感触。
ラウルの胸に抱かれる形になり、ミレイアは絶句しながら体を引き離そうとした。
「きゃ……!」
腰ごと抱えられていきなり動かされ、とっさにそんな悲鳴が出た。
ラウルは止まらない。小さな悲鳴にも、かすかに笑ったようだった。
音楽に合わせ、いつの間にか踊っている。――そんなつもりはなくとも、ミレイアはいつの間にかそれに巻き込まれていた。
「離し……っ!」
「踊りは苦手か」
「あ、あなたが相手だからです!」
ミレイアは精一杯抗議した。
だが優れた武人でもあるラウルは、相手の抵抗を受け流し、重心を操ることにも長けているようだった。
ミレイアは文字通り踊らされていた。
――何から何まで、ラウル・ヴィクトールは予想外だった。
先ほどの言葉も、この近い距離も。
いま体の奥に聞こえる、かつてない速い鼓動の音も。
不可解な力で体の自由を奪われながら、目はエミリオの姿を探す。
婚約者のある身で、婚約者を放ってこのように他の男と踊るなど褒められたものではない。
エミリオは呆然と立ち尽くしている。その様子を見てか、着飾った女性が横から声をかけているようだった。
「――明日、私は帰国する」
ふいにそんな声が聞こえ、ミレイアは思わず振り返った。
見上げると、真っ直ぐに見つめてくる目と合う。
「回答期限だ、ミレイア」
その言葉に合わせたように、ふと音楽が止んだ。すぐに次の曲へと切り替わる。
だが切り替わりの狭間、ラウルの手が緩んだのを感じ、ミレイアはするりと腕の中を抜けて後退した。
少し距離をとって、ラウルと対峙する。
――回答期限。ラウルの求婚への。
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