7-2

 気づまりな沈黙のあと、エミリオは気を取り直すように軽く頭を振った。


「……第三王子殿下とは少しつながりがある。三の王子にお願いして、テンペスタ側に揺さぶられてもミレイアを渡すことなどないようにと、国王陛下に嘆願してみるよ」


 ミレイアはぎこちない表情のまま、ありがとう、と短く答えた。




 エミリオとのやりとりがあったその翌日、ミレイアは再び王宮に呼び出された。

 仮病を使ってでも断ろうかと真剣に考え、だが病人すらも引きずって連れ出そうとするような勢いに、苦い思いで王宮に向かった。


 待っていたのは、王でも大臣でもなく、三年前には殺し合いを演じていた相手だった。


「やむを得ん。付き合え」


 黒の王太子は当然のように言った。

 尊大で理解不能なのはその言葉だけではなく、腕を差し出してあたかもエスコートするとでもいわんばかりの動作もだった。


 ミレイアは警戒し、差し出された腕と、少し寒気がするほど整った顔を見た。


「……何に。どちらに」

「庭だ。趣味ではないが、騒がしいよりはましだ。それとも歌劇のほうがいいか? ミレイア」


 決定事項のように――あたかも婚約者のような顔で、ラウルは平然と言う。

 ミレイアはかすかに怯み、にわかに頭痛を覚えた。

 調子が狂う。ラウルの言動すべてがそうだが、名前の呼び方がこれまでと少し違う。ひどく馴れ馴れしく、いっそ憤りを通り越して呆れてしまう。


「……あなたと観劇するつもりはありません。庭に付き合えというのは、剣を交えることの暗喩ですか?」

「ああ、それは悪くない解釈だ」


 警戒のあまりミレイアの声には少し皮肉がまじったが、ラウルはむしろ機嫌が上向いたような微笑を浮かべた。


 ミレイアがひそかに眉をひそめて反論しようとしたところに、少し離れていたところで観察していた大臣がいかめしい顔で言った。


「聖女ミレイアよ。和平の確固たることを確かめるためにも、ラウル王太子殿下がお望みのように談笑の時間を持つことは非常に重要だ」

「ですが……」

「戦はもうない。平和が訪れたのだ。そのお方は敵ではあるまい」


 いかにも威厳を保とうとして大臣は言ったが、ラウルに対して媚びようとしているのは明白だった。

 ラウルの機嫌を損ねるな、という言外の意図は明らかだ。


 ミレイアは歯噛みし、当のラウル本人も白けたような顔で大臣を睨んだ。


「……わかりました」


 それでもミレイアは苦々しく言った。


 ラウルはミレイアに目を戻すと、かすかに口角をあげた。

 命をかけて剣のやりとりをしたミレイアでなければ、目を奪われるような蠱惑的な微笑だった。


「抱き上げるほうが好みか?」

「…………は」

「腕をとらないならそちらでもいい」


 ミレイアは開いた口が塞がらなくなった。

 呆然としている間に、ラウルが距離を詰めてくる。


「な、……っ!」


 思わず身構え慌てながら、どうやらこの黒の王子は腕をとらないなら抱き上げるというように謎の脅しをかけているらしい――と理解する。


「どうしてそうなるのですか……っ!?」


 ミレイアの叫びは、だが黒の死神ともたとえられる男にはまったく通用していないようだった。

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