4-1
わだかまりを消しきれないまま、それでもミレイアとエミリオは、これまで通りの仲睦まじい婚約者として過ごした。何事もなかったように、互いに装った。
そうしていれば、横たわるものは自然に消えていくと、思い込みたかったのかもしれない。
――王宮に召喚されたのは、そんなときだった。
きらびやかな使者が家の前に立った時、ミレイアはすうっと体が冷たくなるような思いを味わった。
王家から呼び出されるということは、すなわち《四印の聖女》としての力を求められるということに他ならなかった。
しかしミレイアが青ざめながら問うと、使者は、軍服でなく令嬢としての装いで来るようにと付け足した。
それも普段のドレスではなく、盛装の指定である。
(なぜ……?)
ミレイアの慄おののきは、にわかに躊躇へと変化した。
聖女として戦場に立つなら、徽章や飾り紐に飾られた軍服を着るよう指定されるはずだ。
だが普通の貴族の子女として盛装し、しかも婚約者を伴わないとなると、夜会とも違う。
答えも予測すらもつかないうちに、不安ばかりを抱え、髪を結い上げ、着飾ったミレイアは一人、王家の紋章が入った迎えの馬車に乗った。
久しぶりの王宮は、どこか緊張したような空気が漂っているように感じられた。
(――争いの話は、聞いていない……)
聖女の力が必要になるような戦がある、もしくは何らかの諍いがあるというようなことは聞いていなかった。
華々しい絵画が壁を飾り、巨匠による神々の絵が天井を飾る、長く広大な廊下――謁見の間に、ミレイアは案内された。
そのまま待つように言われ、壁に寄りながら、体をこわばらせたまま立ち尽くす。
やがて向こう側から、侍従に囲まれた国王その人がやってきて、ミレイアは頭を垂れて深く腰を落とした。
大臣たちもやってきて、王の左右を固める。
ミレイアは王の声がかかるのを待った。
だが王は鷹揚にうなずく様子を見せただけで、ミレイアに声をかけることも、何かを命ずることもなかった。
やむなく、ミレイアは腰を落としたままの姿勢で壁際に下がる。
――聖女として戦地へ赴けということではないのだろうか。
疑念とも安堵ともわからぬ思いがミレイアの裡(うち)にわいた。
『もう、危ないことはしないわね?』
『私たちは、あんなおそろしい思いを二度としたくない……』
父の、母の声が蘇る。
それから、エミリオの悲し気な、それでいて強い決意を帯びた目が。
『刻印は非人道的な力だ。ミレイアがそんなものを負って、苦しんで、戦うなんて……そんなもの、間違ってる。もう二度とそれを使っちゃいけない――』
ミレイアは静かに息を吐きだした。無意識に自分の手首を抑えようとして、王の前であることを思い出して自制した。
両親の、エミリオの思いを踏みにじるようなことはしたくない。自分のためにも。
間もなく新たな来訪者のあることが告げられた。
ミレイアが先ほどくぐった扉を、左右に屈強な男を従えて入ってくる男の姿があった。
王の元へ泰然と歩み寄るその男を見て――ミレイアは大きく目を見開いた。
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