どうせ捨てられないのなら ~最強治癒魔導士の溺愛恋愛攻防戦~

瀬里

第1話

 大陸の中央にある強国、ウェストラント王国の王族は「勇者」の一族である。

 その人並外れた強さはドラゴンにも匹敵し、勇者のドラゴン討伐に関する逸話は、今も畏敬の念を持って大陸各地で語りつがれている。


 今代の王族たちに関してもまた然り。

 高貴な身分でありながら先頭に立って戦う勇者一族の活躍は、大陸中をにぎわせる一大英雄譚として、人々の心を浮き立たせていた。


 そして数カ月前。

 ここ数百年で一番の強さを誇るといわれる第一王子アーレントが、王国としては数十年ぶりにドラゴン討伐に旅立ち、見事ドラゴンを討ち果たした。

 王子はその後、ドラゴンに囚われていた彼の運命の乙女イルセと恋に落ち、彼女を花嫁として連れ帰ったのである。


 ちなみに、この話は、私には大いに関係のある話である。

 なぜならば、くだんの第一王子その人とは、第一王女にして国一番の治癒魔導士であるこの私――アンジェリカの不肖の兄に他ならないのだから。


 ◇◇◇◇◇◇


「さあ、イルセちゃん、次は披露宴のドレスを選びましょうね。イルセちゃんは、髪が赤いから、真っ赤なドレスも素敵だと思うのよねえ。アンジェリカはどう思う?」

「黒だ」

「私もお母様のおっしゃるように赤のドレスの方が素敵だと思いますの。お義姉さまの夕闇に映える茜色にきらめく御髪には、この深紅のドレスが一番ですもの」

「黒だ」

「じゃあ、ドレスはこれで決まりね」

「あ、あの……」

「「なあに? 「イルセちゃん」「お義姉さま」」」


 こういう時、私とお母様の息はぴったりだ。

 背後で、花嫁のドレス選びに口を出すお兄様の意見なんて知ったことではない。

 なんだかおどろおどろしい空気が渦巻いているのも全て無視。

 惚れた女性に逃げられて、数カ月も見つけられないなんて、勇者一族の風上にも置けないわ。


「あの、私もドレスは赤がいいんだけど、アクセサリーは、黒とか紫とかがいいかなあ? ……なんて?」


 ああ、真っ赤になりながらもじもじというお義姉さまのお姿は、なんて可愛らしいんでしょう!!


「まあ、私と同じ色を纏ってくださるなんてっ」

「へ? 妹ちゃんの? あ、ああ、みんな同じ色だから。そう、そうねっ。この国の新しい家族と同じ色って、なんか、なんかそういうのもいいかも。へへっ……ひっ」


 はにかむお義姉さまの愛らしいお顔が、話の後半で微妙な感じに歪む。


「お兄様っ。不穏な空気をまき散らさないでくださいませ。周りに迷惑ですわよ」


 私は、さっと手を払うとお兄様のまき散らす覇気を結界に封じ込める原理で破壊して、お義姉さまを守るように抱きついた。

 それにしても何て可愛らしいんでしょう。

 私は、兄が連れて来たこのお義姉さまを一目見た瞬間に、心を撃ち抜かれてしまっていた。


「ああ、可愛い」

「おい、触るな。イルセが減る」

「もう、嫉妬深い男は嫌われますのよ。だいたいお兄様は、私にもっと恩を感じるべきですの。お義姉さまを探して差し上げたのは私ですのよ」

「お前……」

「だまらっしゃいっ!!」


 お母様の声が、部屋に響く。


「あなた達っ、二人とも邪魔よ! 出ていきなさいっ。あ、イルセちゃんはお義母さまと一緒にお式の準備を続けましょうね」

「「……はい」」


 この場での一番の権力者は、母だった。

 勇者一族の血を引いていないのに、さすが私とお兄様を育てただけのことはある。

 私とお兄様は、結婚式のドレス選びの会場を追い出されてしまった。

 会場の外で扉にもたれかかって腕組みし、それでもその場を去ろうとしない兄の様子に思わず笑みが漏れる。


「ふふっ、お兄様のこんな姿が見られるなんて。『つがい』ってほんとにすごいのですね」


 ウェストランド王国の第一王子として生まれ、強さと美しさを兼ね備えた兄だが、数カ月前までは、愛とか恋とかそんな感情とは無縁の冷血漢だったのに。


 兄のアーレントは、伏せられてはいるが、実はドラゴン討伐に行ったまま記憶喪失になり、数か月行方不明だったのだ。迎えに行った騎士団長に連れられて帰ってきたが、その際、なぜか番である彼女を一緒に連れて来なかった。

 理由は、分かっている。記憶のないお兄様は、自分の「王子」という境遇を聞いて、この王国が「彼女」を受け入れることのできる場所か見定めるために戻ってきたのだ。ここが彼女を受け入れるに足る場所と思えなかったら、何をするつもりだったのか考えるだけで恐ろしい。番を見つけてしまった勇者の行動原理なんて考えたくもない。

 結局、治癒魔導士である私によって記憶を取り戻したお兄様は、この国と勇者一族の「成り立ち」を思い出すと後は水を得た魚のようだった。周りの歓迎ムードを味方につけて結婚式の準備を嵐のように進めると、嬉々として花嫁を迎えに行ったのだった。

 そして、すったもんだの末、結婚式二週間前にやっと彼女を連れ帰って来て、現在に至る。


「でも、お義姉さまならわかるかも。なにか、私も会った瞬間にこう、心臓をわしづかみにされたというかなんというか。あの可愛さは反則だと思いますの」


 義姉に愛情を注ぎ続けるお兄様の様子に、実は呆れながらもちょっと共感してしまう。

 お義姉さま――イルセ様は、本能的に惹かれてしまうようなどこか危うい魅力を持っていた。


「お前も決めるんだろ。そろそろ」


 私は、お兄様のその言葉に急に現実に引き戻された。

 おもしろくない。

 もう少しお義姉さまの可愛さに浸っていたかったのに。

 しかし、そういうわけにもいかないのだろう。

 私もそろそろ決めなければならない時期なのだ。


 ――婚約者を。


 当初、お兄様が結婚「できない」可能性も視野に入れられていたから、なかなか王太子を決められず、私の相手も、王配としての婿入りか私の嫁入りかで変わるために選びきれなかった。

 でも、お兄様が番を見つけて来た時点で、私の去就も決定した。


 私は、おそらく国を出ることになる。


 私もそろそろ適齢期だ。私の婚姻もお兄様の結婚の後、速やかに進められるはずだ。

 勇者一族、最強の治癒魔導士の私を欲しがる国は多い。


「せいぜい高く売りつけたいですわね。嫁入りになりますから、サウスランドのミカエル様あたりが有力かしら」

「ミハイルだろ、お前、本気で名前も覚えてない奴の所に行く気か?」

「まあ、どこに行っても同じなので、私を大事にしてくださる国に行きたいですわ」

「好きな奴はいないのか?」

「まあ!? お兄様の口からそんな言葉が出るなんて」


 冷血漢のお兄様の口からこんなセリフが出るとは思わなかった。

 いえ、もう冷血漢ではないのね。

 番の効果は本当にすごいわ。


「お前……話逸らしやがって、まあいい」


 小さく何かつぶやきながら、ガシガシと頭をかく様子は、照れているのかしら?

 本当に、お義姉さまがいらしてから珍しい光景ばかり。

 少し意地悪したくなって、声を潜めて、お兄様の顔を下から覗き込む。


「お兄様、実は、私、気づいてしまいましたの。私、女性が好きだったのかもしれないわ。初めてお義姉さまにお会いした時の衝撃が凄まじかったのです。あんなにも愛らしい方がいらしたのかと神に感謝すら捧げたほどです。こう、体中に電流が走って、まるで恋の始まりのような……。私、もしかしてお義姉さまなら!」

「イルセはやらん」

「まあ、怖い」


 くすくすと笑みをこぼして、私は、お兄様を置いてその場を去ることにする。

 半分本気だったのは内緒。


「ちがうだろ、気づけよ。こっち側だってことに」


 お兄様が独り言のようにつぶやいた声が背後に聞こえたけれど、私はおやすみなさいませ、とだけ言い残して振り返らなかった。



 ◇◇◇◇◇◇



 深い森に囲まれた城――ウェストランド城を見下ろし、俺は、そこに彼女がいることを肌で感じ取った。


「里に戻って来ねえ来ねえと思ってたら、ここか。ここにイルセが」


 紅蓮の炎のような赤をまとう、小さな体ながら高潔な精神を持つ女。

 勇者に隷属させられた、暁の女神イルセ――俺の護るべき女。

 彼女は今、ウェストラント王国の勇者に捕まり、城に捕らえられている。


 勇者は、俺達一族の敵だ。

 奴らは、俺達を隷属させ、生きたまま生き血を絞り、皮を剥ぐ。

 奴らに捕まった一族がどうなるのかは、幼い頃からずっと言い聞かされて育ってきた。

 俺は焦る気持ちを無理矢理押し殺す。


 今夜は月がない。夜陰に乗じるにはいい頃合いだ。


「待ってろよ、イルセ。このデニス様が、すぐにお前を助け出してやる」


 俺は、眼下に広がる漆黒の闇へと身を躍らせた。

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