第6話 九州地方はこんな感じ

「愛の源である神よ

 わたしは、心を尽くし、力を尽くして、

 唯一の神であるあなたを愛します。

 また、あなたへの愛によって隣人を自分のように愛します。

 アーメン」


 そう祈る修道女は長崎である。彼女は何もない時は常に祈りを続けている。長崎のいる教会は滅多に人が来ない。都道府県の化身が管理する教会は近づきにくいのだろう。

 すると、扉が突然バンッと開いた。


「わぁぁぁぁぁ!!」

 泣きながら長崎の教会に入ってきたのは佐賀である。長崎はぎょっと目を見開き、急いでタオルを持ちながら彼に近づいた。

「ちょっと佐賀さん、泥まみれですよ」

「わぁぁぁ……ごめんなさい」

「何があったんですか。カステラでも食べながら外で話しましょう」

 長崎は中じゃくる彼を落ち着かせ、外に出てベンチに座らせた。



「それで、何があったんですか」

「占いばやったら、占いん結果ん良うのうして、お客さんに嫌な顔された」

 意外としょぼい理由だな、と長崎の心の声が漏れそうになった。

「それは悲しいですね」

「ばってんちゃんと当たったとたい、そん占い! そしたらクレーム来たとたい!」

 それは流石に酷くない? と、長崎はさっきの心の言葉を訂正した。


「でも、佐賀さんのことですし、他にも何かあるのでは?」

「そうばい! 県民に、佐賀県は好いとーばってん、佐賀さんなドロドロしとーけんなんか嫌だって言われたんや!」

 佐賀はまた泣き出した。佐賀が泣くと周りに泥ができていく。好んで近づくのは長崎か福岡のみである。それはとても悲しみのだろう、と長崎は考えた。


「佐賀ってそがん魅力なかとやろうか。焼き物綺麗なんに、有明海よかところなんに……」

「魅力がないなんて、そんなこと無いですよ」

「うぅ……ばってん……」

 落ち込む佐賀に、長崎は自分のカステラを佐賀の空いているお皿に乗せた。すると、別の方向から手が伸びてきて、そのカステラを取って行った。



「「あ」」

 そこには大学終わり(サボり)の福岡がいた。

「長崎ん言う通りばい! あ、こんカステラうまかー」

「ちょっと福岡さん、それ佐賀さんの」

「さっき食べさせてもろうたけんもう平気ばい」

 佐賀はそう言っているが少し悲しそうだった。

「俺は呼子いか好きっちゃん! だってうまかもん!」

「福岡……!」

「それに、そげん心配しぇんでも、お前には俺がおるばい。……嫌な奴がおるなら俺が消しちゃるばい」

「福岡ー!!」

 佐賀はまた泣き出してしまった。しかしこれは嬉し涙(泥)である。ちなみに最後の不穏なセリフは無視することにした。




 幸せそうな空間が広がる北九州三県とは別に、マグマ三姉弟の二番目の姉、熊本と、弟の鹿児島は地獄と化していた。

「ちょっと、何アンタお姉様に逆らおうとしとるとよ」

 熊本はそう言い、足元に溶岩で溶けているカルデラが広げていった。

「だいがわいんこっお姉様ち思うちょるって? わいなんかただん暴君やっど!

(訳:誰がお前のことお姉様と思ってるって? お前なんかただの暴君だよ!)」

 鹿児島はそれに対抗するように、周りに火花と雷を散らした。

 それを大分が震えながら見つめていた。


「やおねえ……二人が喧嘩しちしもうた!」

 やおねえ、とは大変だと言う意味である。大分が急いで喧嘩を止めようと、宮崎を呼んできた。



「助けて宮崎! 兄貴と姉御が喧嘩してる!」

 野球をしている宮崎の元に、大分が駆け込んできた。大分の必死な表情を見て、彼は急いでバットを補欠の選手に渡して、大分の元へと走った。

「兄貴と姉御、本気の喧嘩してんの?」

「本気の本気の喧嘩! あん二人止めれる福岡はまだ大学ん授業中なはずだし、呼ぶるんが宮崎しかおらんかったんじゃ!」

 宮崎は大分に質問を続ける。

「長崎は?」

「長崎が来たら更にマグマん海になるちゃ!」

「何があって喧嘩したの?」

「わからない!」

 二人は走りながら会話をしていた。目線の先にはマグマが広がっている。



「あちい!!」

「え、あれ止められる?」

 大分はマグマで軽い火傷をし、宮崎は諦めかけた。

「あれじゃ近づけんちゃ……」

「お湯だとマグマは消せないし……」

 二人は困り果てていた。

「わっぜびんてくらい!!!」

「マグマん海に沈めてやるたい!!」

 二人の喧嘩はヒートアップするばかりだった。もうここは最強の姉、長崎を呼ぶべきなのか、と大分はそう考えた。


「……長崎呼ぶしかねえか」

「大丈夫ちゃ大分! 俺に任せて!」

 すると宮崎が空を飛び、天之逆鉾あまのさかほこを手に取った。

「何する気!?」

「これでマグマをかき混ぜて火成岩にする!」

 天之逆鉾は、イザナギとイザナミが日本を作る時に大地をかき混ぜたものと言われている。大地を日本にできたならマグマを今すぐ火成岩にすることは簡単だろう、そう言う考えである。

 ちなみに天之逆鉾は宮崎県にある高千穂峰の山頂に刺さっているので、宮崎はいつでもそれを召喚できるのだ。



 宮崎は勢いよく、真上から二人の間にそれを刺した。

「それっ!!」

「「!?」」

 突然上から降ってきた不審物に、二人は驚きを隠せていなかった。


「宮崎!? なしてこけ……(訳:どうしてここに……)」

「ないすっつもりだ!! おいとこんわろん喧嘩を止むっんじゃねぇ!

(訳:何するつもりだ!! 俺とこいつの喧嘩を止めるんじゃねぇ!)」

 二人とも冷静ではない。鹿児島に至っては訛りがひどすぎる。宮崎はそんな二人を気にすることなく、手に力を込めた。

「あとはかき混ぜるだけ!」

 しかし、宮崎は化身の中でも一番人間に近い。天之逆鉾といつ神の力を使っている今は、その他の大きな力は出せないのだ。



「……こんままマグマ固めてしまおう!」

「「はぁ!?」」

 それを聞いて熊本と鹿児島が焦りだし、急いでマグマから抜けだそうとする。

「待て宮崎! それすると姉御と兄貴は……」

 大分がそう声をかけるも、もう遅かった。


 まだマグマに浸かっていた熊本の両足、鹿児島の両腕が火成岩になってしまった。


「……あれ? 俺、マグマが火成岩になるごつ思うて力を込めただけなんに」

「うち自身がマグマやったばい! こん足、一週間は治らんたい!?」

「これじゃご飯たもれんぞ!? どげんしてくるっど!

(訳:これだとご飯食べれないぞ!? どうしてくれるんだ!)」

「混ぜれたらマグマから二人が離れち、安全に火成岩にできたにぃ……。まあ、これんじょーは兄貴と姉御ん自業自得やけん仕方ねえなあ」

 大分が苦笑いしながら三人にそう言った。



「……ごめんね、大分、宮崎。困らせちゃって」

 冷静になった熊本が言った。しかし足は固まったままである。

「それと、大分には更に悪かとばってん、うちゃ歩めん。やけん長崎姉さん家まで運んでくれんね?」

「はーい」

 大分は熊本を担いで長崎の教会まで向かって行った。ちなみに、熊本の固まった足を見て佐賀が驚いて教会を泥まみれにしたのは言うまでもない。


「……悪かった、宮崎」

 鹿児島は小さな声で謝った。

「いいっすよ兄貴!」

「更にで悪いんだが、俺は今手が使えない……自業自得なんだが。その、ご飯食べる時だけ手伝ってもらってもいいか?」

「兄貴とご飯食ぶるん久しぶりだー! じゃあチキン南蛮食べてえっす!」

 それを聞いて、鹿児島は少し顔を顰めた。

「お前、昨日大分と食べてなかったか?」

「そうっすよ! 嫌っすか?」

「嫌ではないが、よく飽きないな」

「兄貴とチキン南蛮食べっとはてげ久しぶりっすちゃ!」

「……そうか。俺が奢るから好きな店に連れてけ」

「よっしゃー!」

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