第3話 中部地方はこんな感じ

 岐阜は今にも死にそうな顔である。彼はまさに地獄を見ていた。


 ちゃんちゃんこを買いに行ったところ、造った車の試運転を行い終えた愛知の車に乗せてもらい、家まで送ってもらうことになったのだ。

「あれ、岐阜だがね! どうしたの?」

「ちゃんちゃんこに穴が空いたで買いに行っとったんだ。愛知は?」

「車の試運転中だわ。ついでに家まで送ろみゃーか?」

 愛知はカーデザイナーとして車を造っている。岐阜は彼の好意に甘えることにした。


「じゃあ乗せてってもらおまいかな」

「じゃあ助手席に乗って! 誰かとドライブするのやっとかめだ!」

 やっとかめ、は久しぶりという意味である。そして岐阜は、愛知の死のドラテク『名古屋走り』を体験することとなったのだ。



「ぎゃぁぁぁぁ!! やめて愛知! 僕死んでまうよ!」

「これぐりゃーで死んどったら命ぎゃーくつあっても足らんよ?」


 岐阜は彼の地獄のドラテクを恨んだ。いくら仲が良いとはいえ、これはないと思った。

「ちょっと待って! 歩行者が通っとるよ!」

「問題にゃー!」

「そんなぁ……」

 ハイスピーディーに走る愛知のドラテク。岐阜は耐えるしかなかった。愛知に自宅まで送ってもらっているのだ。今更やめてなど、失礼なことは言えない。


「あ、黄色になりそう。速度上げるに」

「よせ!」

「そこも割り込めそうだな……」

「無理やで! 人に迷惑かかってまうよ!?」

 それでも愛知が止まることはなかった。



「なんかどっとえらいんだけど」

 えらい、とは疲れたと言う意味だ。

 岐阜は家の前で下ろしてもらった。愛知は岐阜の家の駐車場を借りて、車の点検をした。


「問題にゃーな」

「それ試作やろ? 結構……ちゅうかどえらい運転荒かったけど、大丈夫やの?」

「愛知だとこれが普通だわ」

「確かに何回か愛知の家に行った時、運転荒いなぁとは思ったけど、実際に体験すると本当に危ないね」

 岐阜は崩れてしまった髪の毛を少しだけ直した。

 すると、愛知が来た方向とは反対の方向から三重がやってきた。彼女は大きな箱を二つ持っている。


「あ、三重さん! こんにちは、昨日ぶりやなも! その荷物持つの手伝いますか?」

「だんないで。アンタと愛知に伊勢海老のお裾分けしに来たで。二人が一緒におってちょうど良かったに」

 三重は箱を二人に渡した。岐阜は箱を玄関に置いて、三重にお礼をした。

「三重さん、いつもおおきに」

「俺からもありがとう! うもう食べるがね!」

 うもう、とは美味しくという意味である。

 愛知はその後車に乗って帰って行った。相変わらずの速度超過であった。


「……もうあれに乗りとうない」

「え、アンタ乗ったん? 命知らずやんな」

「愛知県民が平気そうやったで、平気かと思ったんですよ」

 岐阜はしばらく車を運転する気にならなかった。




 一方、中部地方で日本海側の一番北に属する新潟は、深いため息をついた。

「……はぁ」

「ちょっと、どうしたのよ」

 彼のため息に普通の女子高生、佐渡トキはそう声をかけた。彼女は都道府県の化身ではなく普通の女子高生であり、新潟の彼女である。佐渡島が地元で、たまたま仕事でそこに行っていた新潟に一目惚れされたのだ。


「今日は北陸の県でオフ会があんだ。富山が招待してくれたんだども、どの区分なのか明確でねえ俺は行くべきなのか迷うてんだ」

「せっかく招待されたなら、行けばいいのに」

「……変に浮いたら嫌だ。心が痛い」

「そんなネガティブだと上杉謙信泣くわよ? どうにもならないわよ」

 トキのかなり鋭い言葉に、新潟はさらに落ち込んでしまった。新潟は残ったおにぎりを一口で飲み込んだのち、トキに提案をした。


「君も佐渡の代表として出てくれねえ? そうすれば俺が安心する!」

「なんで化身でもない私が行くのよ」

 ごもっともな意見を言うトキ。

「俺が不安らんだ」

「そんな無茶なことを……」

「なら、彼女として出てくれよ! 事実俺の女だろ?」

「確かにそうだけど……仕方ないわね、今日だけよ?」

「やった!」

 じゃあ早速行こう、と新潟はトキの手を引っ張った。



 北陸会議は石川の自宅で開かれていた。新潟は福井、富山より少し遅れてやってきた。

「よかった、新潟来てくれた!」

「久しぶりだね新潟! トキも久しぶり!」

「ういっす福井さん、富山さん」

 少し薬品の匂いがする男は富山である。新潟を誘った張本人だ。犬歯が鋭く手や足、首に鱗があり、ワニのような尻尾や、ドラゴンの様な羽がある女は福井だ。


 すると、ドアが開いて石川が出てきた。

「おい、家の前で話すなよ。来たなら私を呼ばんかい。ちゃんとドア開けるさかい」

 彼女の言葉に富山がすぐ反応した。

「ちょうど新潟と佐渡ちゃんが来たがやちゃ。会うのもちょっこし久しぶりやさかい話が盛り上がっただけ」

「なんで私を除け者にするのよ」

「お前と話したくなかったんじゃなーい?」

「はぁ!?」

「二人ともみっともないざ! ここ家の前! とりあえず中に入ろっさ!」

 二人の喧嘩がヒートアップする前に福井が仲介に入る。ちなみに新潟はあたふたしていた。



「……」

「……」

「のお、この空気困るんだけど」

 石川と富山の間には、不穏な空気が漂っていた。佐渡は新潟に小声で話しかけた。


「これ、本当に私いた方がいい?」

「ありがたい。俺が今すごい安心してる」

 もう何を話すべきなのかもわからなくなったこの空間では、ただただみんなが黙っているだけであった。そして、ついに耐えきれなくなった福井が声を上げたのだ。


「ほれでは、議題について話そう」

「今年の冬の雪についてやがの!」

 福井の言葉に、トキが「え、早すぎない?」とつぶやいた。

「早い方がいい。対策もきちんととれるさかいな」

「そうなんだ」

 石川の言葉に納得するトキ。


 こうして議題が進む中、福井はふと、いつも新潟と一緒にいるトキのことが気になった。もういっそ佐渡島の化身として存在することもできるのではないかと。


「佐渡ちゃんは佐渡島の化身にならんの?」

「え、やだよ。そんな長い時間を生きるのはしんどいよ」

「人間って脆いもんなー! 福井私の家でも東尋坊っていう自殺の名所があるんだけど、よう死ぎたいと思うよの!」

「それとこれとは違うと思うけど」

 福井の言葉に石川と富山、新潟はうなづいていたが、トキの言葉の意味はあまり理解できていなかったようだ。

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