第22話 ロリコンじゃない女子大学生

 リビングのローテーブルには酢豚が並んでいた。桜さんは自慢げに胸を張っていた。私は桜さんに感謝をしてから「いただきます」と箸を手に取った。


 ごつごつした豚肉に良く味が染みていて美味しい。ニンジンもピーマンも似たような感じで、これならいくらでも食べられそうだった。


「おいしいですか?」

「……最高」


 飲み込んでから笑顔でつげる。桜さんはとても嬉しそうだ。


「千鶴さんには幸せになってもらいたいですからね」

「……幸せになったら知覚できなくなるのに?」

「はい。やっぱり好きな人には幸せになってもらいたいじゃないですか。こんなロリコンさんを好きになってしまったのは、一生の不覚ですけどね」


 くすりと桜さんは笑った。


 私はうつむいて考え込む。私の決意を話すべきか、話さざるべきか。もしも一生不幸でいる覚悟を決めたと告げたなら、桜さんは悲しむはずだ。


 でも話さずにいれば、きっと桜さんは矛盾に苦しみながらも、私を幸せにしようとたくさん頑張ってしまうだろう。そういう人だと思う。


「桜さんは頑張らなくていいよ。私の幸せのためになんて」

「……どうしてですか?」

「だって、私、桜さんのそばにいたいから」


 私が笑うと、桜さんは肩を落とした。


「そんなの幸せじゃないですよ」

「それでもそばにいたいんだ」

「……嬉しいですけど、それって「ずっと不幸でいる」って宣言ですよね? そんなの絶対にダメです。千鶴さんは私を忘れるべきですよ。私がいなくなっても、豊岡さんとなら幸せになれそうじゃないですか?」


 豊岡さんは確かに魅力的な人だとは思う。だけど豊岡さんの相手が私である必要はない。でも桜さんには私しかいない。それに桜さんは私にたくさんの好きを伝えてくれた。仕草とか、態度、言葉で。


「桜さんじゃないと嫌だよ。前に言ったよね? 私は桜さんに運命を感じてるって」

「運命って何ですか? 都合のいい言葉じゃないですか。そんなので私の心は動きません」


 桜さんは何もわかってない。桜さんがどれだけ拒否しようと、桜さんには何の決定権もないのだ。


「本当に桜さんって可愛いね。そんなに私のために必死になってくれてさ」

「……茶化さないでください」

「でも桜さんこそ分かってないよ。今日なんてすごかったよね。私を惚れさせようとたくさんアピールして来てさ、こんなに可愛い中学生にアプローチされて心が動かない人なんていないよ」


 桜さんは目を見開いて、私をみつめていた。


「私は最初、自分のことロリコンでもなんでもないって思ってた。好きだって告白したのも、一人ぼっちの桜さんを引き留めるためだったんだよ。でも今は違う。桜さんが私を本物のロリコンにしたんだよ? 私、桜さんじゃないと満足できない体になっちゃったんだよ?」 


 私は桜さんの隣から、頬にキスをした。そして耳元でささやく。

 

「その責任、取ってよ」


 その瞬間、桜さんは顔を真っ赤にして、涙をあふれさせた。顔をくしゃくしゃにして、縋るように私の胸に顔をうずめてくる。


「好き」という言葉が嘘だってことに、私はどうしようもない罪悪感を覚えてしまった。私は未だに桜さんに恋をしていないのだ。恋愛感情なんてものは、長い孤独の間に失ってしまった。


 でもこうでも言わないと桜さんは納得してくれないはずだ。自分を犠牲にしようとしてしまうはずだ。犠牲になるのは私でいい。私が傷つくだけで桜さんが幸せになれるのなら、いくらでも傷だらけになってやる。


 傷つくことにはもう、慣れているから。


「なんで、なんでそんなこと言うんですかっ……。私、ずっと辛かったのに。千鶴さんのこと好きになるたび、心が苦しくなって。だっていつか別れるものだと思ってたから。ずっと覚悟してたのに。どうしてそんな……」


 私はぎゅっと桜さんを抱きしめる。


「桜さんのこと絶対に一人にはしない。泣かないで」


 それでも桜さんの涙がやむことはなくて、私は優しく何度も何度も桜さんの背中を撫でてあげた。別れを覚悟で誰かを好きになるなんて辛いもんね。苦しいもんね。


 でも大丈夫。私は絶対に桜さんのそばから離れないよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る