スプリング・エフェメラル

辻原僚

スプリング・エフェメラル

春の花はなべてあの世の色をする歓びはあれ歓びよあれ


雪解けの若葉と空のすきまから「こちらへこい」と呼ぶのはどなた?


裕福な人の目をした虫たちの出入りがつづくスノードロップ


ながいながい準備を終えて立っている祭り飾りのようにわたしは


花びらを集めていたらむずむずと鼻が動いてどうぶつみたい


飛び立てば翅はしだいに脆くなる虹色の光を滑らせて


花はずっとみている。近いようで遠くいのちは攀じ登れない


うつ伏せで地の温もりを確かめるてんとう虫のように大きな


菜の花をくぐりぬけつつ迷うとき私がわたしで満員だった


草いきれ 心配事を置いてきた恋人たちの行き着く川辺


花のかおにふと目を止めるにんげんは微笑むけれどいったりきたり


木陰から日向へ変わるゆらぎにて無言乙女は乱反射する

       

さよならもおかえりもさだめ 四散する蝶をたどって花へ来なさい


うなずくように雨 透きとおる肉体を求めてつつきあう魚たち


目も耳もキスをしている瞬間に罪悪感が咲いた朱色だ


見渡せば陽光の射す水たまりのちらちらとして蛙に裸体


よく回る水車のあたりにラベンダーが三本咲けばもう咲くばかり


吹きぬけた大気に歴史がないことを焚火のまえで愛しくおもう


窓があれば、心にあれば。牛が去り、鶏が去り、そよかぜである


春にしてわたしは誰にもきこえない一夜かぎりの妖精女王








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スプリング・エフェメラル 辻原僚 @tuji_kaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ