第17話

 しばらくして、扉の外からハルの声がした。


「秋鹿、いますか、」


「……はい」


 答えると、ハルは戸を開けて顔を覗かせた。


「大丈夫ですか、秋鹿」


 秋鹿は頷き、「……ごめんなさい」頭を下げた。


 あんな失敗をして、あんな酷いことをして、迷惑をかけて、ハルにも、茶漬けにも、他の客たちにも、申し訳なかった。もう二度と、店には出られないと思った。


「大丈夫よ、秋鹿。そんなに大ごとに考えないで。失敗は誰にでもあります。私だって、未だに失敗だらけですよ」


「でも、茶漬けに痛い思いをさせてしまって……」


「あの子はもう平気ですよ。すっかり忘れてしまっています」


「おばあちゃんのケーキも台無しにしてしまって……」


「仕方の無いことよ。でも、そんな風に考えてくれるのは、嬉しいわ」


 ハルの受け答えは穏やかだった。ちっとも秋鹿を責めてくれない。


「でも……、」


「秋鹿、こんなことくらいで、誰もあなたを嫌いになどなりませんよ」


 大丈夫ですよと、ハルは微笑む。


「さあ、まだ閉店の時間には早いわ。もう少し、手伝ってもらえますか、秋鹿?」


 これ以上ハルに迷惑をかけるのはいやだった。しかし、ハルが秋鹿の為にそう云ってくれているのは判った。


「──はい」


 秋鹿はハルと一緒に店に下りた。


 清明行者たちはすでに帰っていった後だった。茶漬けたちの姿も無い。みんな、厭な気分になって帰ったんだと、秋鹿は思った。


 すぐに新規の客が来たが、人間の客だったので、ハル一人で応対をした。中年の女性二人はチーズケーキを食べ、カフェオレを飲んで帰っていった。


 秋鹿が引き下げた皿を洗っていると、ハルが云った。


「牛乳を切らしそうだから、ちょっと買い物に行ってくるわね」


「え……、」


「大丈夫。表には『一時留守』の札を出しておくから。こう云うことはうちのお客さんは慣れっこですからね」


「はい……、」


 そうは云われてもハルのいないのは不安だったが、秋鹿は頷いた。


「すぐに戻ってきますから、お願いね」


 ハルはエプロンを外すと、行ってきますと云って、店を出ていく。エンジンのかかる音がして、そう云えば表にスクーターがあったことを秋鹿は思い出した。


 皿を片づけてやることがなくなると、何だか落ち着かない気分になった。どれくらいの時間でハルが戻ってくるのか、予想も出来ない。ぼんやりと店に立っているのはすまない気がして、必要かどうか判らぬままカウンターの花の水を換えたり、テーブルを磨いたりした。


 入口の扉が開いて、ドアベルが鳴った。ハルが帰ってきたと思って顔を上げると、入ってきたのは一人の少年だった。


 秋鹿は思わず声を上げそうになる……図書館で会ったあの高校生である。夏休み中のはずだが、制服を着ている。部活の帰りだろうか。それともこちらの学校ではまだ夏休みが始まっていないのだろうか。

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