国民的アイドルくんは私しか愛さない♡

花野 有里 (はなの あいり)

1話①

 助けて神様!!


 ねぇ!? なんで私、こんな事になってるの!?

 せっかく迷子を助けてたら、ナンパ的な変質者から逃げてるところをぶつかって、そのまま助けてもらっただけなのに! その助けてくれたとある人に追われてるんだけれど!?


 しかも、そのとある人とはーー。


「おい! 待て! ルリ!」

「またないっ!」


 ドタドタドタドタ!!


 金髪のふわふわで長いウィッグを被った女の子。いや、男の子。そう、その淡いピンクのドレスのような服を着た美形すぎる女装少年が私を追い回している。やばい。この人足速い。キラキラしたヒール履いてるのに。


「ねぇ、アレ見てよ!? アイドルの如月景じゃない!? なんであんな女装してるの!?」

「可愛いーー!! お姫様みたい。撮影じゃない? でもあのボサボサな黒髪の地味な子は、誰?」


 私です! それは宝野ルリというモブな一般人の私です! だから! そんなに殺気のこもった目で見ないでください!!


 なんだってオシャレな人だらけの原宿の中で! そんなところで地味でさえないはずの私はアイドルの如月景君に追い回されてるの!?


 実は彼とはさっき駅の中で偶然助けて貰って遭遇して、それから付き纏われてる。さっきまでは同じアイドルユニットの『PPP』のメンバーもそばにいた。本当に意味がわからない。


 しかも名前を教えた記憶もないし。謎すぎる執着に私は怯える。


 そのうち人気のない場所に辿り着くと。目の前に高そうな黒塗りの車があって、そこにいた大人の人に強引に車に詰め込まれた。


「ひっ」


 ストンと席にすわらされて私は恐怖で動けなくなる。

 マジックミラーからは外からは中が見えないようになっている。うわお。


「すみませんね、怖くないですかね、ルリさん。ほら、景様。貴方も早く中に」

「助かるマネージャー!」


 そして流れるように、如月君も隣に乗る。


 うわあああ。国民的アイドルが隣の席に。

ひゃあ、肌きめ細かい。まつ毛長い。色素薄いー。髪の毛サラサラ! 普通の人とやっぱ違うものでできてそうなヴィジュアル、言葉がさらに出なくなる私。


 バタン。来る今のドアが締まり、発車する音がする。ああ。もう逃げられない。


「……迎えに来るのが遅くあってごめんな。ルリ」


 ささやくように如月君はそう言うけれど、なんの事だかわかんなくて正直怖い。


 なんだかソワソワする如月君はテレビで見るちょっと偉そうな俺様キザキャラのイメージしかない。三人組アイドルの真ん中で、歌い踊ってちょっと威張って。


 カッコいいなぁ。

でも私なんかが応援しても、周りのファンが絶対に許さないんだろうなあ。そんな気持ちでテレビを見ていた。私の理想の王子様で、憧れのアイドル。


 クラスの中でも一番地味で、ダサくて。長い黒髪でずっと前髪で顔を隠して生きてきた。ソレは私が望んでやったことではあるけれど。と家がそもそもそんなお金持ちでもないし、妹のマリほど可愛くないし。


「そういえば、ルリ。好きな食べ物ってあるか」

「苺、かな。ってあの、ソレより帰してください」

「変わってないな。よし、マネージャー、いちごのスウィーツを手配」

「わかりましたよ。わがまま王子」


 今は如月君ってば、どうみてもお姫様にしか見えないけどね。


 マネージャーと呼ばれた長い黒髪を一つにまとめた男の人は笑って言った。そして、そのまま車を止めてスマホのキーを音も立てずに打っていた。

 ああ。本当に逃げ帰りたい。

 外では如月君のファンらしき女の子たちが騒いでる。皆可愛い派手な女の子ばかりで、立場を変わってもらいたいぐらいだ。


「あの、両親に連絡したいんですが」


 そしてついでに帰れるように話をつけたいんですが。


「大丈夫。もうすでに俺がした」

「如月君が!?」

「妹ちゃん嬉しい嬉しいって泣いてた」


 少し困った顔の如月君。


「デショウネ」


 だって、マリはミーハーだし。

 嫉妬したよね。マリなら可愛いから堂々としてられたかもね。ごめんね。こうなってるのがなぜか私で。本当にごめんね。


 東京の街中をぐいぐい進む車。気づけが見慣れないいかにもって感じの大きな事務所っぽいところの前に停まった。


 逃げたいけれど、私ってば運動はそんなに自信ない。しかも土地勘すらないんだから、逃げるのは絶対に無理だろう。


「さ、入って。ルリ」


 大きな赤い絨毯に、真っ白な壁。あちらこちらに芸能人のポスター。ああ。やっぱりここが芸能事務所なんだ。


「ここって」

「プリンスシステム事務所だよ」

「やっぱり、あの美男子しか取らないっていう……」

「ああ。まあ、そ、そう言われてるな」


 私がじっと見つめながら言うと、なんとなく目をそらし恥ずかしそうな如月君。美男子扱いに慣れてそうなのに、意外なリアクションだなあ。


「景。行きますよ」

「あ、ああ。マネージャー。ほら、ルリも付いてこい」

「えー……」

「ちゃんと今日中に帰らせてやるから!」

「……はい」


 何気なくタメ口を使ってしまうけれど、相手は国民的アイドルである。ソレなのになぜか懐かしい感じがしてタメ口が口がつい出てくるんだよね。自分でも謎。


――お前なんて……。


「っ」


 また、だ。

 あの嫌な思い出が蘇る。

 忘れなきゃ。もう、私はあの頃の私じゃないんだから。


「ルリ?」

「何でもない!」

「え。そんな叫ばなくても。ほら、俺の部屋についた」

「ごめん、つい反射的に……って、俺の? 事務所の中に部屋があるの? 如月君って」


 一体ソレってどういう事? そういえば噂ではこのアイドル社長の息子って聞いたけれど、ソレって本当なのかな?


「俺のことは景でいいよ」

「え、でも、アイドルだし」

「呼べ」 


 威圧感たっぷりの甘い声で如月君は言う。


「け、景」

「よし、いい子だ。中へ入るぞ」


 景がそう言って扉を開けるとそこは待合室のような、クローセットのような部屋だった。パソコンやミシンもあって、何が何だかわからない。

 私が呆然としていると、景は嬉しそうに私をみた。


「ずっと、お前をこの部屋に呼びたかったんだ。さあ、これを着ろ」

「へ!? この淡いパステルカラーのゴスロリ?」

「ゴスロリじゃない。甘いロリータファッション。略して甘ロリだ」

「可愛い、けど、似合わないよ」


 絶対、私が着たら変だよ!!


「俺がお前を変えてやるから。着てこい」


 耳元で囁かないで! 景! なんかもう反抗できなくなる。


「は、はい」


 逆らえないので、私は化粧室に案内されて着替える。

 レースいっぱいリボンもいっぱいな半袖ドレスのようなそれは、まさかにお姫様が着るソレだった。


「これも履け。ブルマみたいなやつだ。あとはパニエっていう、スカート膨らませるやつ」

「え、でも……履きます」


 気がついたら男の子の姿に戻っている景。うわ、カッコいい……もう無言でいいなりにしかなれないよね。無理。いつも以上に抵抗できない。

無理無理、鏡の前には、長い黒髪で顔がよくわかんない、服だけ可愛い女の子――私がいた。


「開けるぞ、ルリ」

「はいっ」

「よし、可愛い。こっち来い」

「え」


 私が鏡を見る前に鏡の前に座らせられ、体に色々な布を撒かれる。


「美容師さん、お願いします」

「え?」


 景の言葉に前を向くと、いかにもおしゃれな美容師さんが笑顔で私をみていた。

 え、私の髪切られるの!? 嫌!! でも、もう逃げられない。

しばらくすると景により、なんかメイクまでされていく。初めてのちゃんとしたメイクにされるがままにされていく。


「誰、これ」


 サラサラのパッツン前髪に横髪のお姫様みたいな髪の毛。太すぎない綺麗な眉毛。濃い顔立ちが、違和感なく洋服に馴染んで、自分で言うのもなんだけど可愛い。


「お前だよ、ルリ」


 そして数十分後、鏡の前にはほんのりメイクもされた、だれかわからない美少女が映っていた。景が私をみて満足げに微笑む。こう鏡で見ると、私達がまるで王子と姫みたいにすら見える。


「ルリ。お前を俺のお姫様にさせてくれ」

「は?」

「俺のブランドのイメージモデルにぴったりなんだ」

「あ、そう言う……」


 ビックリした。なるほど? なぜ私なのかは分からないけれど、意味はわかった。

 って。


「この服、景が作ったの!?」

「ああ。一応縫製も俺がしている。さいずち量産する場合は別だが、お前が着てるのは全部俺のお手製だ」

「ええええ!? 景、凄い!!」

「べ、別にお前のために頑張ったわけじゃないんだからな! ちなみにさっきの女装も試しに着ただけで趣味じゃないし」

「え? なんで私?」


 意味がわからないんだけれど。


「な、何でもねぇ。でも、服は凄いんだ。いじっぱりのくせに内気な俺を、アイドルにしてくれたぐらい、凄いパワーがあるんだ。勇気を貰えるんだ」

「知ってる」


 私も、覚えがある。


「お前を俺が変えてやる。俺の作る魔法で変えてやるから。どうか、一緒に学校へ行って、一緒にブランドの活動をして欲しい。頼むから」

「……でも」


 両親やマリがどう思うか。そう思ってスマホを見ると。


「なんか両親からすごい連絡が来てるんだけど。『景君のお願い承諾してね!』『ローン全部払ってもらっちゃったからお願い!』とか」

「まあ、根回しはした」

「もうどうしようもないじゃん」

「ソレぐらいお前をどうにかして手に入れたいんだ」

「学校どうするの、騒ぎになるけど」

「すでに転校の手続きはした。俺もお前と同じ中学だ」

「はい!?」


 思わず声が裏返る私。

 今日は土曜日だけれどまさか明後日から登校するつもり?


 もうソレって事件じゃん。正直やめてほしい。巻き込まれたくない。


「ソレぐらい、お前のそばにいたいんだ。もう何年俺は待ったか」

「え、ストーカー?」


 いつの間に追いかけられてたの、私。


「覚えてないのか。まあ、苺のスウィーツは用意した」

「モノで釣る気?」

「これから俺はお前になんでもする気でいる」

「怖いってば」

「この服のブランドも、お前が喜ぶと思って作ったんだけどな」

「好みだけど!! って、え? 私のために、このブランドを?」


 話が全く見えない。どういう事?


「覚えてないのか、本当に」


 だから何を!?

 私にこんなイケメンの友達も知り合いもいないから!

 マリと間違えてない? あ、でもマリも違うっぽかったな。


「何が言いたいかわからないよ!」


 私はブンブンと首を振る。


「お前が、俺をいじめから庇ってくれたことすら覚えてないんだろうな」

「それは、酒井くんにした事だよ」


 あなたにじゃないよ。景。


 もっとコロコロ太っていて、何もかもが地味で、運動音痴で勉強もできない。でも口は悪い子だった。


「……そう、だな」


 私の親友みたいな、そんな子だった。一週間しか幼稚園にいなかったけれど、いろんな話をした。私の好物ならなんでも給食で分けてくれる子だった。


 酒井くんはいじっぱりだけど優しくて、家庭の事情で引っ越したと知った時は

泣いた。拗ねて幼稚園を休んでしまおうかと思った。保育士さんは「いつかまた会えるって言ってたよ」と私を慰めたけど、もうそれから十年、会えていない。はあ。


「それでだ。他の服も着てみてほしい」

「何のために!?」


 混乱しまくりの私、泣きそう。ああ。でも泣いたらこの時間のかかったメイクが取れる。

 我慢しなくちゃ、と思うけどなければこの状況破滅して、帰らせてもらえるのでは!?


 そう思うけれど。

 私は女優じゃないもん、急には無理。


「ああ、もう。時間がない。とりあえずメイク仕上げして、ヘッドドレスとか色々つけて、行くぞ。ルリ お前は、可愛くな……いいや、すごく可愛いんだからな、自信持てよ」


 ツンデレみたいなこと言わないでよ。そもそもあの女装の後だと説得力ないよ。景が来たほうが似合うんじゃないの? 


サイズ違いすぎるけれど。どのドレスもワンピースも、平均的レディースサイズに近いしね。


「行くってどこに!?」


 この格好で人前に出るの、嫌なんだけれど!?


 あちらこちにある鏡を見ては私は顔を熱くする。

 誰だよこのお姫様。本当別人。私じゃないみたいだ。


 私ってこんなかわいかったの? なんて図に乗ってみたりして。


 可愛い服とメイクの力だよね。うんうん。


「会見会場にだ!!」

「はあ!? 何しに!?」

「黙って俺について来い!」

「えええええ!?」

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